総てを癒すもの

第4章 「力演」(5)

作者:ゆんぞ 
更新:2005-11-22

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足を踏み降ろす際も足元には注意を払っていたため、跳ね上がった土砂が二人の騎士を襲う様子にエリザはいち早く気づいていた。咄嗟にしゃがんで手を伸ばしたものの間に合わず、跳ねた土は あっと言う間に二人の姿を飲み込んでしまった。

そうなれば せめてすぐに救出となるのだが、指の太さの半分ほど盛り上がった土を前にエリザは手を出すことができない。何せ相手の身長もまた この盛土と同じくらいしかなく、下手に指で掻き出せば埋もれている騎士達に重圧が掛かり、押し潰してしまうかもしれないからだ。
なら吐息で土砂を飛ばせば。そう思って息を吸ってみるエリザだが、これも圧力が掛かることに変わりないと気付き、上を向いて息を吐きだす。
小さくなれば手を出せそうだが、その時間が惜しい。何かもっと早い方法は……

焦りで急に汗が滲んできたので、エリザは左手で額を拭う。ついでに彼女は前髪を掻き上げ、そこではたと思いついた。
腰まである自分の後髪を一房だけ摘まみ、筆のように握る。そのまま掌底を地面に降ろし、土砂の山をそっと撫でていく。こうすれば埋もれている二人を押し潰すことなく土砂だけを除くことができそうだ。

力を加えないよう慎重に払っていくと、ほどなく土の中から小さな鎧姿が二つ現れる。彼らの周囲にある土をさらに掃き、そして人差し指でそっと触れてみる。気を失ってはいるようだが、共に命の息吹は残っているようだ。エリザは安堵の息をつき、そして少しずつ彼らに力を注いでゆく。


目覚めたレイドヴィックの感覚にまず飛び込んできたのは、上から見守る治癒術師の顔と背中に何かが触れている感覚だった。
思わず振り向いた彼の目には、太さ一尋ほどもある白い柱。異様な物体に彼は驚き、短い怒号をあげて左肩から転がる。二回転して片膝立ちの体勢になったところで剣を抜き身構えるが、その巨柱は彼の視界から忽然と消えていた。
「あのぅ」
上から降ってくる遠慮がちな大声量に、レイドヴィックの顎は引っ張り上げられる。
「脅かして申し訳ありません。さっきのは私の指なんです」
治癒術師の女は心配そうな表情を浮かべ、自分の掌を開いて見せる。
「あ、ああ」
見上げる掌は屋敷さえ摘まみ上げられそうな大きさ。レイドヴィックは改めて圧倒され、生返事がやっとだ。
らしくない態度を前にエリザは『大丈夫ですか?』と言いそうになるが、弱者扱いと言って臍を曲げるかもしれない。そう思って切り出すのを躊躇してしまう。

そんな一瞬の沈黙を、もう一人の男が破った。
「おいおい、女の指にその反応か? 情けないぞ」
その無神経な言葉に、非難のこもったエリザの視線が向く。だがレイドヴィックの反応は彼女の予想だにしないものだった。
「な、なんだと貴様っ!」
いきなり怒鳴り返し、さらには立ち上がって詰め寄ったのである。
「そういう貴様はどうだったのだ。まさか嘘はつくまいな?」
レイドヴィックはそう問い、エリザの方をちらと見上げる。
「えっ?」
唖然としたままのエリザに答える余裕はない。しかし、どう答えるか迷う必要はなかった。
「私は一歩引いただけだ。あそこまで無様ではない」
本人が馬鹿正直に答えたからだ。
「それを五十歩百歩と言うのだ」
「何を言う。人の差なぞ本来その程度のものよ」

もしかして、この二人は仲が良いのではないだろうか。目まぐるしくも不毛な展開を端から見ているエリザにとって、どうしてもその疑問を拭うことができなかった。


とはいえ、いつまでも見守っているわけにも行かない。少なくとも日没までにテルウォムに着いておく必要があるからだ。意を決したエリザは遠慮がちに話しかける。
「あのー」
幾ら遠慮がちとはいえ、轟くほどの声量である。頑迷な騎士達も、渋々ながら彼女の方を向く。
「それで、もう決闘の話は無しということで構いませんね? 無ければ早めに帰りたいのですが」
彼女の頭の中では一件落着のつもりだった。
だが、オーヴェンドラットの返答は違った。
「いや、それとこれとは話が別だ。決闘を受けた以上は応じねばならぬ」
そう言って彼はおもむろに剣を抜き、自分の周りに直径一尋足らずの円を刻む。
「この円から私を出せたら負けを認めよう」

エリザは呆れて何も言い返せず、ただ溜息を漏らすのみだ。決闘を受けるというのみならず、わざわざ自分に不利な条件を示すこの強情さは何処から出て来るのだろか。彼の描いた円は彼女から見て爪の腹程もない小ささで、ちょっと爪で追いやれば勝負など直ぐに決まってしまうだろう。何故そんな、あっさり負けることが明らかな……

そこまで考えて、エリザにもようやく不利な条件の意図が解った。
恐らくオーヴェンドラットは勝敗より、勝負から逃げないという結果を選んだ。不利な条件もまた勝負を受けることに拘った結果であり、また自分が彼を傷つけることなく勝てる方法を示したのかもしれない。

エリザの顔には、呆れと安堵の混じった笑みがつい浮かんでしまう。騎士というのは何と真っ直ぐで捻くれた人種なのか。
「わかりました。勝負しましょう」

当然ながら、勝負はすぐに決まった。大盾の五~六倍もあるエリザの爪は緑の騎士の剣をものともせず、彼を慎重に円の外に押し出す。

そしてレイドヴィックの方を見ると、予想どおりというか彼もまた地面に描いた円の真ん中で身構えていた。しかも御丁寧なことに、描いた円はオーヴェンドラットのそれより若干小さい。

エリザの口から、ふたたび深い溜息が漏れる。
「負けの内容で争わないでくださいね」
勝負の前に、彼女は はっきり釘を刺した。


雌雄も決した以上 長居は無用だ。十五丈の大きさに戻ったエリザは近隣の村人達を治癒した上で帰路に就いた。まずレイドヴィックとその配下の騎士達をアレイオスまで届け、茶の誘いも断って一人テルウォムを目指す。
彼女が急いだ理由は、往路で残した者たちの治癒である。幸いにして子供達に遊んで欲しいとせがまれる以外にこれといった問題もなく、日没まで一刻以上を余してテルウォムに到着した。

だが問題はここで起きた。
どういうわけか、イーゼムが東門の上で大袈裟に手を振って出迎えている。何事かと思って耳に手を当て彼の声を聞いてみると、その仕草に呼応してイーゼムが叫ぶ。
「すぐリーデアルドに戻るぞ! 救助の狼煙が来た!」

早足で合流し聞くところによると、『要救助:負傷者発生、凶悪犯逃走』という内容の狼煙が入ったのだという。
「この凶悪犯って……」
「ああ」
二人の知る限り、辺境のリーデアルドで『凶悪犯』などという狼煙で表されるような者は一人しか居ない。

結局その日は街二つ分だけ戻り、翌日にリーデアルドでの治療を終えて翌々日に王都という慌ただしい移動が続くことになる。リーデアルドで死者が出なかったことは幸いだが、逃走した人物は二人の予想どおりだった。


なお二騎士の後日談だが、彼等とそれぞれが属する王の四者による会談が行われた。

五十年という年月で双方の王も代変わりしている上に証文の写しが無いため、事態の収拾を優先させたラファイセット王室は非公式ながら二枚舌を認めることとなった。東国ハイムライストの王もこの問題には不干渉の立場を取ったため、領土問題は改めて二騎士に託された。

そうなると解決は早い。双方が真実と証明できた以上、彼らの執着する理由もほぼ無くなったからだ。
かくして二者間で公式に交わされた条文は以下の通り。

一、領土は作付面積が半々となるように決定する
一、収穫祭に模擬戦を開き、その勝敗によって税収の取り分を決定する

真実を得ても矛を捨てる考えは無かったようである。


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