治癒術士と妖精の休日

作者:MTS
更新:2013-11-19

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月が出ている晩。
エリザは針葉樹の森へと出かけている。
月と星の明かりだけが頼りの夜、尖った葉の隙間から、それらの光が差し込んでいた。
昼間は明るすぎてわかりにくいのだが、この森の針葉樹の葉は、光を反射して薄く輝く性質を持っている。
月明りを反射して輝く針葉樹の葉と、葉の間から漏れてくる木漏れ日の月明りが、穏やかに森を照らしていた。
…確かに美しいですね。
エリザは、うっとりと夜空を眺める。
だが、この美しい光景は危険という代償を伴っていた。
森の空気が揺れるのを、エリザは感じた。
何かが森をかき分けている。
夜の森は危険を伴う。特別な木が生える森には、特別なモンスターが住んでいるものである。
針葉樹の森は、治癒術士が一人で出歩く場所ではなかった。
「あれ、何か騒がしくなって来たね?」
声はエリザの横から聞こえた。
よく見れば、エリザよりも若く小柄な女の子の人影がある。リーズだ。
闇夜に溶け込む黒いローブを纏っていた。頭だけを、ちょこんとローブから出して、月夜に金色の髪を反射させている。
緊張した面持ちのエリザとは対照的に、無邪気に笑っていた。
「え、ええ、ですから居るんですよ。モンスターが」
エリザが辺りの様子を伺いながら答える。
空気を震わす音に続き、微かな振動音も聞こえてきた。
何か大きな生き物が近づいてきている。
こういう場所なので、近隣の街の酒場では、護衛が冒険者達に斡旋される位だった。
「大丈夫だよ、私が踏み潰しちゃうから!」
リーズは、エリザに抱きつきながら嬉しそうに言った。
「は、はい、お願いします」
場の雰囲気にそぐわないリーズの様子に、エリザは戸惑う。
彼女…リーズの周りだけ、違う世界のようでもあった。
ある意味、それも間違いでは無いが…
ガサガサ。
やがて、モンスターの姿が木々の間から見えてきた。
銀色に輝く熊のような姿が月明りを浴びている。
モリノクーマと呼ばれる、この地域に生息するモンスターだ。
…随分大きいですね。
前足をついて四つんばいとなっている姿でも、見上げる必要があった。
その姿が、複数見える。
…確かに、護衛が雇われるわけですね。
初級の冒険者の手には、明らかに余る。
エリザは、いつか知人の騎士達が暇な時にでも一緒にと、思っていた位だった。
今、エリザの傍らには、能天気な妖精が一人居るのみである。
「じゃ、大きくなるからね」
ふわりと、リーズはエリザから距離を取った。
そして、辺りが薄い光に包まれた。
めきめきと、木々な根元から倒れる異様な音が響いた。
薄い光が覚めた時、森の一角に闇が広がっていた。
森の木々が闇に押し倒されていた。
闇…それは、先ほどまでリーズが纏っていたローブと同じ色をしていた。
よく見ると、木々を押し倒してそびえ立っている影が、女の子の靴の形をしている事がわかる。大きさが数メートルもある巨大な靴だ。
リーズが、そこに立っていた。
木々を薙ぎ倒す巨大な靴を履き、夜空を闇で覆うようなローブを纏ったリーズは、数十メートル程の大きさの巨人の姿になっていた。
「うわ…木が倒れちゃった。
 失敗しちゃったなー…」
声は、遥か上から聞こえた。
可愛らしい女の子の顔が、気まずそうに見下ろしていた。
「もう、これも、あんた達のせいだよ!」
声が轟音となって降り注ぐ。
それから、巨大な妖精は木々を薙ぎ倒さないように注意しながら、森の中に手を伸ばした。
木々を掴んで、雑草のように引き抜けるような指は、エリザを襲おうとしていたモリノクーマ達へと伸びる。
立ち上がれ全長数メートルになる巨大なモンスターだが、数十メートルサイズの妖精にしてみれば、特に大きいわけでは無い。
リーズの手はモンスターの一匹を荒っぽく掴んだ。
にぎにぎ。
妖精の手は、手触りを楽しむようにモリノクーマを握り、観察した。
その目は怒りをこめて、握りしめた小さなモンスターに向けられている。
弄ぶように握っていた手に、力が込められた。
モリノクーマがリーズの手から手足を出し、バタバタと異常な動きで暴れているが、だからどうだという事は無かった。
にぎにぎ。
リーズは容赦無く力を込める。
「あはは、潰れちゃいそうだね」
手の中で暴れる、数メートル程の大きさの小動物は、妖精の悪戯心を楽しませた。
「うんうん、可愛そうだし許してあげよっか?」
言葉が通じないのはわかっているが、リーズは手の中のモンスターに声をかけ、ちょっとだけ力を緩めて様子を観察する。
リーズが力を緩めると、モンスターも暴れるのをやめた。巨人に握りしめられて苦しそうにしている鼓動が手のひらを通して伝わってくる。
…えへへ、楽しいな。
小さな生き物が、自分の手の中で苦しそうにしている様子は、リーズを楽しませた。
そうやって、小さく弱い者を弄ぶ事は、リーズの好きな事の一つだった。
…ファフニー、どこに居るのかな?
リーズが一番玩具にして弄びたいのは、彼女の大事なお友達。
大事なお友達。大好きな男の子だから、リーズは手の中で弄びたいと思う。苦しそうにする様を見たいと思う。
…また会えるよね。
次に、リーズが玩具にして遊びたいのは、大事な友達を苦しめる悪い奴。
悪い奴が相手なら、リーズは手加減をする気は無かった。
「あんたは許してあげないよ。エリザさんを脅かしたんだもん」
リーズは言いながら、再びモンスターを握る手に力を込めた。
友達を苦しめられた怒りと、楽しみが混じった複雑な笑みを浮かべて、リーズは手に力を込めた。
肉と骨が潰れる音。手触りがリーズの手に使わってくる。
彼女が本気で力を入れると、モンスターはすぐに生き物の姿を留めなくなった。
…気持ちいいなぁ。
快感だった。生き物の形を留めなくなったモンスターを、さらにしばらく手の中で弄んだ後、無造作に投げ捨てた。
ずぅん!
全長数メートルのモンスターが地面に降ってくる音を、リーズは聞いた。
「さ、次に握りつぶしてほしいの、どの子?」
リーズは屈みこんで次の相手を探すが、もう、他のモンスター達は逃げた後だった。
「ありゃ? もうおしまい?」
少し残念そうに呟く。
…でも、これでエリザさんを脅かした魔物は居なくなったよね。
「エリザさん、もう大丈夫だよ」
リーズが言うと同時に、辺りが薄い明かりに包まれた。
…何だか、不思議な娘と友達になってしまいましたね。
エリザは目の前で無邪気に笑っている妖精を見つめてしまう。
リーズがこの世界に現れ、エリザと出会ってから数週間が過ぎていた。
彼女は、いつもこの調子だった。
幾つか言いたい事もある。
それでも、リーズが友達思いの優しい子である事だけは、エリザも認めていた。


( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き

これは本来、エリザvsリーズ_完結編に収録した部分なのですが、何か全体の構成を考えると冗長になるかと思ったので没にしました。
それで、せっかくなので外伝の外伝扱いで、公開する事にしました。

( ̄_ ̄)ノ 捨てるのも勿体無いですしねー


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