作者:MTS 更新:2013-11-19 [トップに戻る]
巨人が街に現れた。
…何だ、またエリザが揉め事に巻き込まれたのか。
噂を聞いた時、それがイーゼムの最初の感想だった。
遠く離れた街で、彼は人伝いに噂を聞いた。
当たらずとも遠からずといった、噂話だ。
エリザの他にも巨人…それも、同じ女性…が現れた事までは、詳しくは伝わって来なかった。
…まあ、近くの街にでも行った時に聞いてみるか。
イーゼムは、あまり気にしてはいなかった。
ここは、辺境の砦。
数か月の任期でやってきたイーゼムは、平和な日々を過ごしていた。
特に近隣で争い事が起きなければ、辺境の警備というのは暇つぶしが主な仕事だった。
そんな、ある夜の見張りでの出来事である。
…今日も平和だなぁ。
イーゼムは、無意味に広がる夜景を眺めていた。
そういえば、エリザが針葉樹の森の夜景を見たいって言ってたっけな。
イーゼムは遠い街に居る癒し手の事を思い出す。
辺境の砦は平和で良いのだが、知人に中々会えなくなってしまうのが辛い所でもある。
「どーした?
空なんか眺めて、詩でも作ってるのか?」
「詩人には、なれねーよ」
同じく見張り番をしている同僚に、視線も返さずに気の無い返事をした。
空を眺めてて詩人になれるなら、多分、辺境の警備兵は誰でも詩人になれるだろう。
…エリザの手に乗っても、星空までは届かないよな。
退屈すぎて、エリザの事を思い出す事が多いイーゼムだった。
そんな暇人…イーゼムが我に返ったのは、次の瞬間の出来事である。
…あのー、すいません、イーゼムさんですか?
声が響いたのは頭の中だった。
心話か?
もしくは、退屈のあまりに気が狂ったか…
イーゼムは、怪訝な目をする同僚をよそに、周囲を見渡す。
…イーゼムさんですね。ちょっと行きますので、待ってて下さい。
声はもう一度聞こえて、その後聞こえなくなった。
「おい、何か居たのか?」
「ああ、何か居るみたいだ」
剣に手こそかけないが、イーゼムは答えて辺りを見渡した。
悪意は感じなかった。
イーゼムの目に入ったのは、夜空に紛れる様な黒いローブだった。
彼は、静かに佇んでいた。
『こんばんは、僕は…今はマリクと言います。
…いや、やっぱりファフニーです。ファフニーと呼んで下さい』
彼は心話で歯切れの悪い自己紹介をしながら、少し歩いた。
…なんだこいつ?
イーゼムは、彼を怪しい男だと思った。
見た目は魔道師の少年のようにも見える。だが、その足取りが魔道師というよりも騎士。少なくとも訓練を受けた者の足取りに見えた。
もっとも、それ以前に、このような場所に急に現れた事が怪しいのだが…
『え、えーと、怪しく見えるかもしれませんが、僕は怪しくないので、あまり気にしないで下さい』
ファフニーと名乗る少年は言った。
「いや、怪しくないって言われても…」
何と言って良いかわからず、イーゼムはマリクを睨むばかりだった。
「確かに俺がイーゼムだけど」
一応、返事はした。
『すいません、怪しいのは重々承知してますので、話だけでも聞いてもらえませんか?
…というか、言葉がよくわからないのですが』
ファフニーの方も何と言ったら良いかわからない様子で心話を続ける。
『この世界の言葉がわからないんです、来たばっかりでして』
まず、マリクは言葉を発しない理由を説明した。
『友達の女の子とはぐれてしまったんで、探してるんです。
良い子なんですが、ちょっと変わってまして…』
ファフニーの優しげな声が、イーゼムの頭に響いた。
「変わってるって、どんな風に変わってるんだ?」
何となく、イーゼムはその部分が気になった。
『巨人なんです、元の大きさが30メートル位になります』
なるほど。
ファフニーという男が、何で自分を訪ねてきたのか、イーゼムは少しわかった気がした。
類は友を呼ぶ…いや、少し違うかもしれないが、しかし、違わないかもしれなかった。
エリザの家。外は、まだ明るく、日が昇っている。
ここ一月ほど、エリザは家に篭っている。
エリザは、ほとんど外へ出ない。
…お仕事。これはお仕事です。決して、毎日遊んでるわけじゃありません。
最近、エリザは毎日そうやって自分に言い聞かせている。
そうでないと、ある意味正気を失ってしまいそうになっていた。
「ねーねー、エリザちゃんの帽子が出来たよ。可愛いでしょ?」
目の前には、そう言って無邪気に微笑む妖精の娘が居る。
少し尖った耳が印象的な、妖精の娘は、大概の場合において笑っている。
どうやら知能が高い妖精のようで、一月程で日常的な会話は出来るようになっていた。
それだけでなく、無邪気に微笑むその瞳で、真っ直ぐにこちらの目を覗き込んでくるのだ。
大人になった人間には、なかなか出来ない無邪気な笑顔と、真っ直ぐに覗き込んでくる瞳は、それだけでも妖精の武器だった。
女二人で暮らしていて、毎日、毎日、そんな瞳で微笑みかけられていると、何だか全てがどうでもよくなってしまいそうになる。
人並み以上の自制心を持つエリザですら、最近は怪しかった。
「うわぁ…
ありがとうございます」
リーズに差し出された青いナース帽をエリザは手にとってみる。
見た目よりも、少し重い。何かの魔法の布で出来ているのだろうか?
正面には、『え』と、エリザの名前の頭文字が書いてある。きっとリーズの手製なのだろう。
早速、エリザはリーズにもらった帽子を被ってみた。
「可愛いね、エリザちゃん。
今度、その帽子を被って、一緒に大きくなろうね」
「そうですね。
山より大きく、まだ大きく。帽子一つを共にして…なんて言ってみたりして」
エリザが即興で、適当な歌を歌うと、リーズも適当に歌い始める。
そうして二人で歌うと、意味も無く二人で笑った。
楽しい…
人間社会のしがらみなど、全く関係無い妖精と一緒に無為な時間をすごすのは、本当に楽しい。
…これは、リーズが悪戯をしないように監視しているというお仕事です。
エリザは、毎日、自分に言い聞かせようとしている。
そうしなくては、本当に何もかも忘れてしまいそうだった。
『女は女同士、巨人は巨人同士、異世界の妖精を見張れ』というのがエリザの任務だが、9割位、エリザは忘れている。
確かにリーズの無邪気さ、人間社会とはかけ離れた妖精の感覚は危うくもある。
特に、リーズが自分の敵と認識した相手に対しては全く容赦が無い事はエリザも目にしてきた。遊び半分に、笑いながら相手を踏み潰し、握り潰すのだ。
実際、数百メートルの巨人の姿となった彼女の前では、この世界の軍隊など何の役にも立たず、せいぜい玩具として彼女を楽しませる程度だろう。
リーズの力と、必要とあらば容赦無く相手を踏み潰す妖精の心は、一歩間違えば恐ろしい災厄となってしまう。
…でも、間違わなければ全然問題無いんですよね。
一月ほど一緒に暮らしてみて、エリザには、それがよくわかった。
ある意味、リーズは…妖精は、野生の獣に近いのかもしれないとエリザは感じた。
いったん暴れ始めると恐ろしいが、理由無く暴れる事は無いのだ。
その性質は人間よりもよっぽど穏やかで、彼女がもしも暴れるとしたら、よっぽど追い詰められて怒った時か、彼女の友達が傷つけられた時だろうとエリザは悟っている。
『エリザちゃんをいじめる子が居たら、あたしが踏み潰してあげる』
口癖のように言うリーズは、それが彼女の全てなんだなとエリザと思う。
『大丈夫だよ、そのうちファフニーが来るから。
あたし、待つの得意なの。1000年位なら平気で待ってるよ?』
エリザの家に滞在してから、リーズは毎日そう言って笑っている。
多分、長生きの妖精は、100年後も、そうして笑っているのだろう。
妖精と人間の間には越えられない壁がある位に精神構造が違う。でも、それは大きな問題ではなかった。
エリザは、今日もリーズと一緒に歌い、笑っていた。
そんな日々が、もう一月も続いているのである。
妖精の世界へ行ったら帰れなくなるとは、こういう事なのかもしれないと、エリザは考え始めていた。
リーズと二人で過ごす怠惰な日々から、本当に社会復帰出来るのかと、ほんの少しだけ不安に思うこともある。
だから…
二人は気づかなかった。
玄関がノックされた事にも、誰かが家に入ってきた事にも。
家に居ながら精神が妖精の世界に飛んでいるエリザとリーズは、気づかなかった。
「楽しそうだな、お前ら…」
イーゼムの呆れた声。
「まあ…元気が無いよりは…」
黒ローブの少年の、呆れた声。
部屋に入ってきた二人の男子の声が、妖精の世界へ旅立っていたエリザの精神を、多少、人間の世界へと引き戻した。
ここが妖精の世界ではなく、色々と面倒な人間の世界である事を、エリザは少し思い出す。
…残念だけど、仕方ないですね。
ため息をつくエリザの帽子には、『残』を表す文字が浮かんでいた。
無事にエリザとリーズを見つけたイーゼムとファフニーとしては、一安心である。
こうして合流できたからには、ここに留まる理由もないので、さっさと行きましょうと、ファフニーはリーズに告げた。
「えー、もう行っちゃうの?」
「そんなに長居したら、エリザさんにも迷惑ですよ。
それに、急がないと…」
リーズは彼女が待っていた相手、ファフニーと何やら話している。
だだをこねる子供のような妖精の姿には、久しぶりに待ち人と会った喜びのようなものは、あまり感じられない。
そうして、エリザの家のテーブルには、やってきた男の子2名を加えて、4人が席についている。
リーズとファフニーは、先ほどから、
『早く行きましょう』
『もうちょっと遊びたい!』
の論争を繰り返している。
…平和ですね。
来客に紅茶をいれに行ったエリザは、キッチンに行く前と帰ってきた後で、全く時間が流れていないような光景に少し微笑んだ。また少し、精神が妖精の世界へ飛んでしまう。
テーブルには、もう一人、蚊帳の外状態になっているイーゼムも居る。
「久しぶりだな」
「そういえば、そうですね」
あんまり楽しく無さそうなイーゼムの言葉に、エリザは頷いた。
イーゼムの言う通り。こちらはこちらで、会うのはそれなりに久しぶりだ。
「まあ、こんな風に会うとは思ってなかったからな…」
「思いませんでしたね…」
エリザとイーゼムは、延々と言い争いを続ける異界の旅人達を見ながら、紅茶を飲む。
…まあ、日が暮れるまでには終わりますよね。
まだ、心が半分以上、妖精の世界に居るエリザは、あわてる事も無く二人の様子を見守った。
ファフニーとリーズの言い争いは、エリザとイーゼムが紅茶を飲み終わる前には、終わりを告げた。
「うーん…そうだよね、急がないとね」
「そうです、急ぎましょう」
どうやら、リーズの方が折れているらしい。
事情は良くわからないが、二人は急いでどこかへ向かう途中なのだろう。
…リーズ、行ってしまうんですね。
少し寂しいエリザ。帽子に『寂』を表す文字が浮かんでいる。
だが、リーズとファフニーの話は、まだ終わらない。
「でもさ、せっかくだから出かける前に、もうちょっとだけ遊ぼうよ。体登りごっこしよう、体登りごっこ」
リーズが、にこにこと言った。
…なんだそれ?
リーズ以外の三人は、同時にそう思う。
思っても、なかなか聞く事が出来ない。
「いや、そういうのは…」
かろうじて口を開いたのは、やはりファフニーだった。
遊びの内容には触れず、とりあえず否定の意思を表す。
「嫌だったら、ふみふみごっこでもいいよ?
それとか、全力にぎにぎごっことか…」
満面の笑みを浮かべて、テーブルを乗り越えるようにファフニーに詰め寄るリーズの笑顔が、何故か邪悪なものにエリザには見えた。
「じゃあ、体登りごっこで…」
ファフニーは、ためいきをつきながらリーズに答えた。
ふみふみごっこや、全力にぎにぎごっこ…
何をするのか何となく想像はつく。確かに、それよりは体登りごっこの方が、男の子にとってはマシだろう。
「うんうん。優しいね、ファフニー。大好き。
じゃ、エリザちゃん、勝負しようね!」
「…え?」
他人事と思って話を聞いていたエリザの帽子に、『?』を表す文字が浮かび上がった。
…勝負って、どんな勝負だ?
リーズ以外の三人は同時にそう考えた。
「私、紅茶のお代わりをいれてきますね」
逃げ出すように席を立ったのはエリザだった。
その帽子には、『逃』を表す文字が浮かんでいる。
居間には、三人が残った。
少しの沈黙の後、口を開いたのはイーゼムだった。
「なあ、さっきから気になってたんだけど、あのエリザの帽子…あれ、なんだ?」
先ほどから、ずっと気になっていたが、言い出せなかった事である。
「あー、あれ、心を写す帽子。エリザちゃんにプレゼントしたの。
エリザちゃん、ちょっとおとなしいから、面白いかなーって」
リーズが、にっこり微笑んだ。
「また、そんなもん作って…」
ファフニーは、ため息をついている。
…なるほど、そういう事か。
こりゃ面白い。イーゼムは、笑いをこらえるのに必死だった。
「エリザちゃんには内緒だよ?
気づいたら、絶対かぶってくれなくなるもん」
リーズが人差し指を口元に立てながら言った。
「ああ、こんな面白い事、絶対言わない」
イーゼムはリーズに頷いた。
さすがに、そのうち気づかれるだろうけど、それまでは楽しめそうだ。彼はエリザに教えるつもりは全く無かった。
少しすると、エリザが紅茶を乗せたトレイを持って帰ってきた。
イーゼムがちらりと帽子を見ると、『癒』を表す文字が浮かんでいた。どうやら、それがエリザの心の基本らしい。
「どうかしたの?」
「い、いや、何でもない」
怪訝な顔をするエリザに、イーゼムはあわてて目を逸らした。
「じゃあ、紅茶飲んだら、体登りごっこだね」
早く紅茶が冷めるようにと、水面に息を吹きかけながらリーズが言った。
「なあ、体登りごっこって…なんだ?」
尋ねたのはイーゼムだ。
何となく想像はつくが、何となくしかわからない。
リーズは、質問されると嬉しそうに説明を始める。
「んーとね、身体を上って遊ぶの。
ファフニーがあたしに上って、イーゼムがエリザちゃんに上ればいいよね」
リーズはエリザに向けるのと同様の無邪気な微笑みをイーゼムにも向けた。
「ま、まあ…」
イーゼムは、あいまいに頷いた。
妖精とまともに話しても無駄な事は、彼にも理解できた。
だが…
希望が全く無いわけでもない。
エリザが、そんな遊びに同意するはずがない。
イーゼムは、そう思ったが、この家に久しぶりに来た彼は、知らなかった。
「体登り…そういうのも、たまには面白いかもしれませんね」
エリザは、何気ない様子で答えた。
何を言っているんだお前はといった風にイーゼムはエリザを見るが、その帽子には『妖』を表す文字が浮かんでいる。
エリザの心は、まだ半分以上、妖精の世界へ行ったままだった…
山のようにそびえているという言葉が、イーゼムの頭に浮かんだ。
単に二本の足で立っているなら、それは普通の女巨人。山のようにと言うと、少し違う気もする。
だが、こうして膝を立てるようにして女巨人達が腰を降ろすと、数十メートル以上あると思われる彼女達の足のラインは、本当に山のようだと思えた。
しかも、エリザはスカート、リーズは黒ローブで足元までを覆っているから、膝を頂上にして盛り上がる布が登山の為の道を形成していた。
「どう?
あたし達、山みたいでしょ?」
リーズは座っていても、はるか足元に居る男達を見下ろしながら言った。
勝ち誇ったようにも、悪戯っぽくも見える妖精の笑みだ。
膝を立てて座るだけで、確かに二人の女巨人は山になった。
…あはは、ファフニーも、イーゼムも可愛いな。あたし達を見上げて、緊張してるね。
どんなに見慣れていても、相手が女の子だといっても、100倍サイズの巨人の迫力は圧倒的だ。
その巨体が、少し身を震わせて声を発するだけでも、身体が震えて緊張してしまう。
そうした小さな男の子達の姿は、リーズを楽しませた。
足元の小さな男の子達を見下ろしながら、彼女はさらに言葉を続ける。
「じゃあ、あたし達の足の指から登って、頭の上まで先に登った方の勝ちでどうかな?
登りやすいように、少し斜めになってあげるね。
それなら、ちっちゃな二人でも、あたし達の身体、登れるよね?」
リーズは言いながら、少し後ろに身体を反らせた。
同時に、ぶらぶらさせていた手を地面につく。
立っていられない程では無いが、リーズの足元の小人たちの身体を揺らすには十分な振動を地面に走らせながら、彼女の手は大地を抑えた。
「そうですね、少し角度が無いと、登りにくいだけでなく危ないですよね」
エリザが言うと、もう一度地震がおこり、彼女の手がその体を支えるように大地に沈んだ。
二人の女巨人は、軽く足を開いて素足になり、両ヒザを立てて座っていたのが、そのまま体を少し後ろに倒して手をついたような姿勢となった。
まるで誘うように胸をそらした姿勢になり、目だけが足元の小人を見下ろしている。
「さ、早く登ってきなよ、おちびちゃん?
それとも摘み上げて欲しいの?」
リーズが言えば、
「怪我したら治してあげますから、ご心配なく」
帽子に『妖』と書いてあるエリザが言った。
まるで小人達が自分達の身体を登ってくるのは当然の事と言う様な、二人の女巨人の雰囲気である。
地面に居る小さな男の子達を見下ろす目線に軽蔑の色こそないが、余裕の色はあった。
…こりゃだめだ。
やるしかない。
イーゼムとファフニーは、目の前にそびえる二つの山を登るしかなかった。
…見慣れてるけど、でも、やっぱり大きいな。
リーズの足元…足指の前まで来て、ファフニーは彼女の身体を上る覚悟を決めた。
こうやって、お互いに遊びあうのには慣れていても、それでも自分の身長と同じ位の女の子の足指を目の前にすると、体が震えてしまう。
彼女の足指の中では多少は背が低い、足の小指に手をついて、まずは彼女の爪に登った。
それから、軽い斜面になっている足の甲を歩いて、黒ローブの裾の所まで行く。
ここまでは、特に難しくない。
小馬鹿にするような目で、自分の足の甲を這い回る虫を笑っている女の子の目線にさえ耐えれば良いのだ。
問題は、彼女の黒ローブに乗ってから。そこから彼女の膝までは急な登りだ。
リーズは軽く膝を曲げて座っているだけなのだが、彼女の1/100サイズに過ぎない小人にとっては、膝まで登っている黒ローブは巨大な壁のようだった。
立って登るのは、少し難しい斜面だ。
四つんばいになり、リーズのローブにしがみつくようにしながら、ファフニーは彼女の身体を登り始めた。
遥か上空では、二つの目線、リーズの他にもエリザの目線がその動きを見ていた。
足の指から、虫のような人影がローブを登っていく光景をリーズは満足そうに、エリザは少しドキドキしながら見ていた。
…他人事ではありませんね。
そういえば、自分の足指の辺りにも何かが触れているのを感じる。
なるべく気づかない振りをして、そーっと目をやると、何かが足指を這うようにして登っているのが見えた。
…これは、ちょっとドキドキしますね。
エリザはなるべく気づかない振りをして、イーゼムが登るに任せた。
虫が衣装の裾から登ってくるのに似ているが、イーゼムは虫のように小さく見えるが、虫ではない。
手足に鉤爪がついているわけでない、ただの人なので、その動きは見るからに弱々しい。
思わず、指を伸ばして摘みあげたくもなってしまうが、それではゲームにならない。
膝を立てすぎない程度に曲げてやれば、そこはスカート…掴まりやすい布の上である事だし、見た目ほどに巨人の体を登るのは難しくは無い…はずだ。
それでも、エリザは見ないふりをしながら、じーっと衣装の裾を登る影に目をやる。
なかなかの緊張感。
エリザの帽子には、『緊』を表す文字が浮かんでいる。
足を投げ出すようにして、体重を後ろにかけて手をついた、無防備な姿勢とは裏腹の緊張感だ。
…リーズの様子はどうでしょう?
エリザが再び横を見て、それから、そのまま魅入られるように様子を見てしまった。
リーズの姿勢が先ほどとは明らかに違う。いつの間にか、膝をかなり立てるようにしていた。
彼女の足は随分と急な角度だ。そこを登る小人にとっては壁のように感じるはずで、ファフニーは必死に彼女のローブにしがみつくようにしていた。
さらに、リーズは体を乗り出して、自分の足を登る小人を見下ろすようにして満面の笑みを浮かべている。
「がんばれー、後ちょっとだよ?
…あ、そーだ、あたしの顔まで登れたら、ペロペロしてあげよっか。
何かご褒美があった方がいいよね」
にやにやと笑いながら声をかけるリーズの雰囲気は、いつもの無邪気な様子とは似ているが少し違った。
彼女の足にしがみつき、苦しんでいる様子の虫…いや、小人を見て楽しんでいる。大事にしながらも、一方で苦しめて楽しんでいるのだ。
歪んだ楽しみと愛情。
…そういう楽しみ方もするんですね、妖精は。
エリザはドキドキしながら様子を伺う。
「いりません、そんなの!」
怒ったように、ファフニーが怒鳴る声が、リーズの脛辺りで聞こえた。膝までの道のりは、まだ半分といったところだ。
「あー、せっかく、ファフニーの為に言ってあげたのに、逆らうなんて、いい度胸だねー」
笑っているリーズの目つきが、怪しく歪むのが見えた。
「ファフニー、あたしを怒らせたから、最初からやり直しー」
言いながら、リーズの口元が細く開かれた。
ふー…
リーズが自分のローブ…ファフニーが登っている辺りに息を吹きかけるのが見えた。
百倍サイズの巨人の息だ。
まるで紙くずのように、ファフニーがリーズのローブを転げ落ちるのが見えた。
…そ、そんな事をしたら危ないのでは。
エリザは呆気に取られて見ていたが、いつのまにかリーズは膝を少し伸ばして、足で作った山を緩やかにしていた。
さらに、転げ落ちる小人が地面に落ちないようにローブの裾をつまんで、上手に調整している。
その慣れた手つきは、エリザを驚愕させた。
ファフニーがローブの裾まで転げ落ちた所で、リーズはエリザの方を見た。
「あはは、心配しなくても平気だよ、エリザちゃん。
ファフニーは強いから、こんなの何でもないもん」
悪気のない、いつもの無邪気な笑顔。
だが、その笑顔がエリザの心を揺らした。
腹が立ったわけではない。ただ、その笑顔を単純に認めたくなかった。
エリザの帽子に、『嫉』を表す文字が浮かぶ。
「あら、イーゼムだって、それ位平気ですよ。
ね、イーゼム?」
彼女には珍しいことだが、嫉妬の感情が浮かんでいた。
…何言ってんだお前?
エリザの足を登っているイーゼムが見上げると、穏やかに微笑みつつも何となく凄みのあるエリザの顔が見えた。
その顔が上空から近づいてくる。
同時に、彼女が姿勢を変えたせいで、その振動が伝わってきた。
エリザにとっては、ほんの少し前かがみになって、足を這う小人に顔を近づけただけでも、小人にとっては地面が数メートル程揺さぶられたのに等しい。
イーゼムは、エリザの足に、しがみ付くだけで精一杯だ。
そんな所に、低い音を伴う風が吹き付けてきた。
周囲の大気よりも少し温かい暴風…エリザの息だ。
不安定な女巨人の足の上では、その息に耐える事は若い男の力でも無理だった。
たまらず、イーゼムはエリザの息に吹き飛ばされ、彼女の足を滑り落ちる。
かろうじて衣装を掴み、ブレーキをかけるようにするが、エリザの息には敵わなかった。
そのままエリザの靴、あるいは地面まで落下するかと思われたが、その体が柔らかい布に包まれた。エリザが衣装の裾を丸めて、彼の身体を受け止めたのだ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
心配そうに、エリザの巨大な瞳がイーゼムを覗き込んでいた。
どうやら我に返ったようである。
「な、なんだ?
どういう勝負なんだ?」
イーゼムは、わけがわからない。
「さ、さあ…何でしょう…」
エリザも我に返って恥ずかしそうに言った。帽子には『恥』を表す文字が浮かんでいる。
隣の様子を伺うと、再び膝の辺りまで登ってきたファフニーを、リーズの指が弄び、再び突き落としている所だった。
…ファフニーさん、見た目よりもかなりタフなんですね。
エリザは隣の様子を見て、とても真似出来ないと思った。
よく見ると、リーズのローブはエリザのスカートに比べると厚めで、少しザラザラしている。クッションとしての性能も良いし、小人が掴まるにも向いているように見えた。
まるで、こんな事を想定いるかのような布である。
…い、いや、さすがにそんな事は無いですよね。
まさか小さな人間と遊ぶ為に適した衣装をわざわざ作るなんて、そんな事は…
エリザは、それ以上は深く考えない事にした。
…そうですね、彼女は妖精。私は治癒術師ですもんね。
「すいません、こちらはこちらでやりましょうね。
…もう一回、登れますか?」
気を取り直したエリザは、イーゼムに言った。彼女は、やはり治癒術師だ。帽子には『癒』を表す文字が浮かんでいた。
「あ、ああ。
何だかわからんけど、あいつらには負けないようにしよう」
イーゼムも、よくわからないが、まだまだ身体は動く。再びエリザのスカートを登り始めた。
今、エリザの履いているスカートは、外で着るよりも室内で着る為に作られた、薄くてすべすべした、上等な布。
手がかりにして登るには適していないが、それでも二度目ともなると、イーゼムも最初よりは慣れてきた。
隣の様子を気にしつつ、イーゼムは、ついにエリザ膝へと登りつめた。
「ほら、エリザちゃん達の方、もう膝まで着いてるよ!
がんばって!」
少し焦った様に、ファフニーを促すリーズ。
自分の足を登る彼を、何度か叩き落したのは彼女だ。
…イーゼムさん、頑張って下さい。あなたが先に進めば、僕も進めます。
ファフニーはイーゼムの活躍に期待している。
彼がリーズの膝まで登った頃には、イーゼムはエリザの太ももの辺りを下っていた。
登山は、登りよりも下りの方が厳しいという話をイーゼムは思い出していた。
膝の上から見下ろす、エリザの股までの景色が、思ったよりも高くて急坂だった。
坂は下る時の方が体重が身体にかかるので、筋肉を消耗するし、エリザの滑るスカートの上だと、さらに歩き辛い。
階段を駆け下りる訓練を何時間もやっていた日の事をイーゼムは思い出す。
エリザのスカートに掴まりながら、少しづつイーゼムは下っていくが…
「じゃ、下りは一気に行っちゃおうね!」
隣でリーズが陽気に言う声と、ファフニーの悲鳴が聞こえた。
リーズは自分の膝まで上り詰めた小人を、人差し指の先で膝に押し付け、撫でるようにしていた。
リーズの指の下で、小人がもがいているのが見えた。自分の身体よりも大きな女の子の指の前では、男の子は無力だ。そうして自分の指の下でもがく彼を見て、彼女は楽しそうにしているのである。
それから、その指が、ゴミでも払うかのように、小人を膝の上から、太もも、股の側へと追いやっているのが見えた。
小人は抵抗しているようにも見えたが、相手の妖精の指は大き過ぎる。
先ほどまでとは逆方向…リーズの股の側へと、ファフニーは転げ落とされた。
「あ…確かに、こっち側なら、ちょっと無茶をしても平気そうですね」
一見すると単なる虐待に見えるが、それでも足の方へ落とすのと違って、股の方へ落ちる分には地面に落ちる心配も無い。意外と安全なはずだ。
「そ、それもそうだな…」
イーゼムも気づいた。緩やかな太ももの斜面の下にはエリザのスカートの付け根の部分広がっているのだ。
安全かもしれないが、そこに滑り落ちるのは、流石にちょっと…
「あんまり変な所に触らないで下さいね…」
恥ずかしそうに言うエリザに曖昧にうなずいて、イーゼムは彼女の太ももの上を滑り落ちる事にした。
巨大な滑り台のような物である。仰向けに寝るようにして、イーゼムは彼女の太ももの上を一気に滑り落ちた。
そのまま、スカートの付け根の辺り…エリザの股の辺りまで滑り落ちても、予想以上に衝撃は無かった。
スカートの根元の膨らんだ部分は、小人の身体を優しく受け止めた。
「スカートの下に何があるのか、考えないで下さいね」
「馬鹿、言われたら、考えちゃうだろ」
少しドキドキしながら、二度目の登りに二人は差し掛かる。
隣を見れば、リーズの側も大体同じ所まで来ているようだ。
足の山の登山を終えて、反対側…女巨人の股間へと降りたわけだが、まだまだ道はまだ半ばである。
ここからは、胸を反らして佇む女巨人の身体を登るのだ。
…こ、これ、登れるのか?
イーゼムはエリザのスカートの付け根から、彼女の上半身を見上げて絶句した。
登る…という事で考えると、足の比ではない難しさを感じた。
確かに、エリザ達は小人達が登れるように、手をついて身体を後ろに倒し、角度を付けてくれている。
だが、邪魔なのは彼女達の胸のふくらみだ。
ただでさえ角度がきつい所に、文字通りの巨大な彼女達の胸は、よじ登ろうとすると90度以上の角度になってしまいそうだ。
かといって、迂回するのも男として逃げるような気がしてしまう。
…男には、やらなくちゃならない時があるってもんだな。
これがその時なのかと、冷静に考える余裕はイーゼムには無かった。
「あの…胸は危ないんで、避けた方が良いと思いますよ」
エリザが、少し恥ずかしそうに言った。
どうやら胸を凝視しているのに気づかれたらしい。上から見下ろしているエリザからは、丸見えだ。
「わ、わかった。しゃべると揺れて危ないから、悪いけど、しばらく黙っててくれ」
彼女が言葉を発する振動に耐えながら、イーゼムは彼女の胸から目を反らし、彼女に伝えた。
横を見ると、イーゼムが迷っている間にファフニーはリーズの身体を登り始めている。見れば、もう、へその辺りまで進んでいる。清清しいまでの迷いの無さには、イーゼムも対抗心が沸いてきた。
イーゼムはエリザの上半身にしがみ付くようにして、登り始める。
足指から膝までに比べると、さらに高く、角度も厳しい。
女の身体…エリザの身体という事を最早考えている場合ではなかった。
山…いや、そもそも人が登るようには出来ていない、巨大な壁のように思えてきた。
それでも、少しづつイーゼムは彼女の身体を這い登っていく。
何でこんな所を登っているのか、ふと頭をよぎるが、気にしない。
いつしか、彼はエリザの胸の辺りまで這い登った。
目の前…というか頭上に、巨大な二つの膨らみがそびえている。
随分と高い所まで登ってきたものだと思う。
横の様子を見ると、さすがのリーズも、おとなしくファフニーが胸を登るのに任せているのが見える。
角度も急だし、ここから落ちると冗談ではすまなそうだ。
と、ふいにエリザの身体が揺れる。
何事かと思っていると、右側が少し暗くなった。何かが光を遮っている。
見れば、エリザが腕を回し、胸の下辺りに巨大な手のひらを広げていた。
胸に隠れて見えないが、きっと心配そうに覗き込んでいる事だろう。
イーゼムは、意を決して、オーバーハングする岩のように大きく、しかし柔らかいエリザの胸に手を伸ばした。
柔らかくも恐ろしい巨大な胸を、背面になるようにしてイーゼムは登り始める。
一方、いち早く登っていたファフニーは、先にリーズの胸を越えて一休みしていた。エリザに比べて胸のサイズが小さい事も、この速さに影響していた事だろう。
登る時は大変だった胸も、一度登ってしまえば、良い休憩所だ。
「えへへ、ちっちゃいのに、よくがんばったね」
リーズが満足そうに、ファフニーを見下ろして微笑んでいた。
「何か、こうやって身体登りごっこしてると、ラウミィが君達の事、虫けらって言うの、わかる気するねー。
あたしの身体の上で這い回るファフニー、ほんとに虫みたいだね」
リーズは少し興奮したように、顔を紅潮させている。
彼女の目が、自分の胸の上で休んでいる小人を見下ろしていた。
「僕は…虫けらじゃありません」
ファフニーは不機嫌そうに視線を反らす。
すると、リーズが少し小さな声で口を開く。
「あはは、そんなに怒らないでよ…」
彼女にしては、少し小さく笑い、少し低い声で言った。
見上げれば、誘うようにして、その舌が自分の唇を舐めていた。
わざと唾液で濡れた舌を見せつけ、誘っているのだ。
…リーズはずるいな。
彼女は知っている。よく知っているんだ。
どういう仕草をすれば、僕の心を操れるか知っている、僕の妖精。ファフニーは、それを憎らしく思った。
巨大な妖精の赤い舌が、その唇を濡らす様に舐めるのを見ていて、彼は悔しくて目を反らした。
「さ、待っててあげるから、がんばってね」
無邪気に微笑む妖精の顔を、恥ずかしくて見る事が出来ないまま、ファフニーは再び彼女の身体を登り始めた。
リーズはファフニーを待ち構えるように、あごを引いて彼が登ってこれるようにする。
そうして、見せ付けるようにして舌なめずりを続けた。
ファフニーは、自分の身体よりも遥かに巨大な妖精の舌に、吸い寄せられるように近づく。
まるで、夜の灯りに吸い寄せられる虫のようだなと、ファフニーは少し自虐的に考えた。
可愛い女の子の舌といっても、100倍サイズなのだ。一歩間違えば押し潰されるかもしれない。
それでも…
リーズの口元に近づいたファフニーの身体に、唾液でよく濡れた赤い舌がのしかかってきた。
若くてそれなりにたくましい男の力でも、逃れるには大き過ぎ柔らかい塊。
それに飴のように巻き取られ、口内に入れられるのを彼は心地よく感じてしまう。
なんて大きくて、なんて可愛いんだろう…
すぐに真っ暗な口の中に捕らわれ、しゃぶられてしまう。
『うふふ、聞こえたよ。
ほんとに、君はあたしに玩具にされるの好きだね』
リーズの声が頭に響く。
自分でも気づかないうちに、彼は心を彼女に送ってしまったようだ。
『リーズだって…よく、ずっと飽きないね』
彼女の口に閉じ込められ、恥ずかしさと快感で気が遠くなるのを我慢して、ファフニーはかろうじて返事をする。
『仕方ないよ。あたし達をそういう風にしたの、君達なんでしょ、ファフニー…じゃなくて、マリク』
彼の身体を弄ぶ妖精の舌が、少し荒っぽくなった。
『そして…
僕達は君達に…
そういう風に造られた…』
『マリクが造って、そしてファフニーが造られた…
あはは、なんかフレッドが言いそうな台詞だね』
リーズの心の声は楽しそうだ。その声に合わせる様に、ファフニーは身体が巨大な舌に運ばれるのを感じた。
散々飴のようになめ回された末、何か硬い物の上に乗せられてしまう。
暗くて分からないが、きれいで巨大な白い鉱物。妖精の奥歯だ。
リーズの舌が、彼を歯の上へと運んだのだ。
歯並びが良くて可愛らしい妖精の歯も、こうして乗せられると、巨大な岩石のような威圧感だ。
巨人に噛み砕かれ、食べられるというのは、こういう事なんだろうと、ファフニーは巨大な歯の上、唾液の海の中で思う。
すぐに巨大な岩石が上から落ちてきた。
噛み砕かない程度に、彼女の歯は彼を何度も押し潰し続けた。
…隣は何をしているんでしょう?
エリザに帽子に『?』を表す文字が浮かんでいる。
ま、まあ、こっちはこっちでやれば良いですね。
もう、あんまり気にしない方が良い事をエリザは悟った。
イーゼムが胸の辺りまで来ると、少し恥ずかしくもなってきたが、結構な高さなので、万が一の際にイーゼムが地面まで落ちてしまわないように、エリザはさりげなく気を配る。
胸のオーバーハングを乗り越えた彼は、エリザの髪をロープ代わりにして、その先を登っている最中だ。
髪が何本か胸の辺りに垂れる様に、横の様子を見ながらさりげなく顔を傾けたエリザである。
髪を伝い、首筋から耳元を回ってイーゼムは登ってくる。
くすぐったい…でも、心地よくも感じる。
文字通り、虫が這いずる感覚だ。
ここまでくれば、もう大丈夫だろうと思う。髪をロープ代わりにしていれば、わざと落ちでもしない限り、心配無い。
エリザは目を閉じて、耳の裏辺りを登ってくる小人の感触に意識を集中した。
少しづつ…確実に小人は登ってくる。
やがて…
「なんか、本当の山登りみたいだったぞ…」
イーゼムが荒い息をつくのが、心話ではなく、実際に聞こえた。
エリザの帽子の上に、彼は居た。
一体、何で登っているのか疑問に思うことも多かったが、彼はついに登りつめた。
「妖精の遊びに、お付き合い、ありがとうございます。帰りは地面まで送ってあげますね」
エリザは手のひらを広げながら言った。
頭の上に居る小人を手に乗せるのには、少しだけ気をつけないといけないなと、エリザは考えた。
身体登りの遊びは、もう少しだけ続く。
散々騒いだ、その日の夜。
別れは、もうすぐだった。
「いやー、面白かったねー」
ファフニー達と同じサイズになったリーズが満足そうにしている。
身体登りの対決は、先に登った方が勝ちという事なら、恐らくエリザ&イーゼムのペアの勝ちなのだろうが、少なくともリーズは途中から趣旨を完全に忘れていた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。
多分…もう、この世界の皆さんと会う事は無いでしょうね」
ファフニーが、少し寂しげに言った。
「そっかー…そうだよね、間違えて来ちゃっただけだもんね」
ファフニーに言われて、リーズも気づいた。
偶然たどり着いた、この見知らぬ世界。道しるべも無しに、また訪れる事は、ほぼ不可能だろう。
「やっぱり、そうなのですね。
残念ですけど…今度こそ、お二人の目的の場所へ行けると良いですね」
「そうだな。まあ…元気でな」
エリザとイーゼムも、寂しそうにしている。
二度と会えない別れを楽しく思う者など、誰も居ない。
「ま、一回来れたんだしね。
帰りもまた迷ってきちゃうかもしれないから、その時は、また遊んでね!
グランゼルさんとかにも、また、にぎにぎさせてって言っといてね!」
リーズは、精一杯の笑顔を見せた。
マイペースな妖精も、永遠の別れだけは苦手だ。
「そうですね。お二人も、お元気で」
ファフニーも、二人に微笑んだ。
彼も、今はリーズと同じ黒いローブに着替えている。
二人の姿は、夜の闇によく溶け込んでいた。
「じゃ…そろそろ行きますね」
そのファフニーの言葉が、最後になった。
元々闇に溶け込んでいた二人の旅人の姿が、さらに闇へと溶け込んでいく。
数秒ほど後、二人の姿は完全に闇に消え去った。
しばらく、エリザとイーゼムは、何も言わずに佇んだ。
妖精達の声は、もう聞こえない。
ただ、彼女の魔力を残した帽子だけが、エリザの頭に載っている。
エリザは心が妖精の世界へと旅立っていた日々が、本当に終わってしまった事を感じた。
今…
『癒』を表す文字が、エリザの帽子には浮かんでいる。
(完)
( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き
(2008年の出来事)
(⌒∇⌒)ノ ゆんぞさん、エリザとリーズの小説書いたよ。完結編は来年のお正月頃ね!
(約6年後)
( ̄_ ̄)ノ ・・・
やっと1つ、宿題が片付きました・・・
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