対決

作者:MTS
更新:2008-01-07

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(この物語は『全てを癒す者』をMTSが勝手に二次創作したものです。作品本編には何の関係もございません)


1.治癒術師の休日

朝、日の光と共に目を覚ます。
 夜、日が沈むと共に眠りにつく。
 そういう生活こそ人間の理想だと提唱する学者は少なくない。
 エリザも、別にそれに対して大きく異を唱えるつもりは無い。
 昼間に治癒術師の仕事をして、夜は休む。それが普通だと思っている。もちろん夜でも癒しを求める者が居るから、なかなか思うようには、いかないが…
 ただ、さすがのエリザも、自分の中に植えつけられた力に関しては、そのサイクルにも異を唱えたくもなる。
 朝、日の光と共に巨人の姿となる。
 夜、日が沈むと共に人間に姿に戻る。
 サイクルだけを考えれば、人間の理想に近い力と言えなくも無いのだが、何とも迷惑な話だ。
 その力は、例え、治癒術師としてのエリザが休みであろうと、一切関係無く働いてしまう…
 そんな、ある晴れた日の休日である。
 エリザは一人、何の予定も無い草原に佇んでいた。
 時には、そうして一人で何もしない休日を過ごして気を休めるのも、ある意味では仕事の一環であると彼女は考えている。
 昼間は、普通の家の中に居るのもなかなか難しいので、外でのんびりと景色でも眺めて過ごす事にしている。
 今、彼女は300メートル程の姿の巨人になっている。
 誰も居ない事だしと、かなり大きな姿になっていた。
 人が居るところでは、怖がられる事が多いし、そもそも危ないので、こんな巨人の姿には滅多になれない。
 エリザが上を見上げると、空が見えた。
 この空の景色だけは、件の力を手に入れる前と何も変わっていない。
 晴れた日ともなれば、青い空がどこまでも続いて広がっている。
 ただ、下を向くと、未だに完全には慣れる事が出来ない景色を感じる。
 靴を履いた足元…
 彼女の踵よりも少し低い高さの所に、ふわふわの尖った羽毛にでも覆われた釘のような物が幾つも並んでいるのが見える。
 冬でも葉を落とす事が無い、針葉樹の群れだ。
 よく見ると、少し背が高くて、9メートルにも届くような木もある。それ位の大木になると、エリザの踵よりも高くなってしまう。
 小さくて可愛い、森の木々を傷つけたくない。
 エリザは針葉樹の森の入り口から数十メートル(彼女にとっては、一歩に満たない距離)離れた所にひっそりと立っていた。
 これ以上近づこうとすると、30メートル程の長さがある自分の靴が地面を踏みしめた時に起こしてしまう地震で、入り口付近の木を倒してしまうかもしれない。
 または、自分のスカートが緩やかになびいて起こす風が、やはり可愛らしい森の針葉樹を薙ぎ倒してしまうかもしれない。
 …うーん、この大きさだと、これ以上近づくのは無理みたいですね。
 仕方ないので、エリザは屈み込んで、上から森を見下ろしてみた。
 ざわざわと、森が動くのを感じた。
 森の住人にとって、エリザの姿は空を覆う異様な影。動物達が見た事の無い巨人である。
 動物達は野生の本能に従い、恐ろしい力を持った巨人から逃げ始めた。
 体長3メートルほど、自分の指の腹と同じ位の体長をした獣が森の奥へと走っていく姿を、エリザは見つけた。
 全身を赤い毛皮で覆われたその生き物は2足でも動く事が出来るが、本気で走る時は4足になるようだ。この森に生息する、凶暴な事で知られる赤熊である。
 …こうして見ると、結構可愛いんですね。
 背を向けて、四つんばいで必死に走って逃げる獣の姿に、エリザは微笑んでしまった。
 針葉樹の森は冬の寒さを受けて白い色合いに姿を変え、その景観は絶景とは言われている。
 だが、この赤熊のおかげで、針葉樹の森は景色が良いのに観光に訪れる者が少ない場所になっていた。
 安心して森の景色を眺めるには、数人以上の腕の立つ護衛を連れなくては命の保障が無いのだ。
 エリザも、前から一度は見物してみたいと思っていた森だったのだが、森に住まう凶暴な動物のせいで、訪れる機会が無かったのだ。
 一介の治癒術師には個人的な護衛を雇って旅行する程の資産は無いし、観光客向けの、そうしたツアーに参加する機会にも、休暇が不安定の為、恵まれなかった。
 今は、こうして広がる森を足元に眺める事が出来る。森に住まう、赤熊のような凶暴な動物といっても、50匹程まとめて手のひらに乗せられる大きさになってしまえば、何の脅威にもならない。
 ただ、身体が大きすぎるので、森の中へ入って見物する事が不可能なのが、エリザは少しつまらない。
 逆に、森に入らずに、こうして上から見下ろして見物する事が、普通ならば困難な事である。そう考えると、こんな風に上から森を見物する事にも、エリザは、それなりに満足だった。満足に思うしかなかった。
 今日は、こうして一人でゆったりと過ごす日。
 遥かな水平線に広がっている森は、今のエリザでも一跨ぎに飛び越える事は出来ない広さだ。助走をつけて思いっきり飛べば、もしかしたら飛び越えられるかもしれないが、さすがに森の命を幾つも踏み潰す危険を負いながら、そういう事を試す気にはならない…
 今日、エリザは日が沈むまで、こうして一人で静かに過ごすつもりだった。
 そんな日も、たまには必要だ…
 立ちっ放しも疲れたので、地面に座り込んで、膝を抱えるようにしてみる。
 それでも、遥か上から森を見下ろす事が出来た。
 エリザの目の届く範囲に居た生き物は、全て逃げ出したようで、森は静まり返っている。
 …動物達には、悪い事をしてしまったかな。
 エリザが上から覗き込んだ事は、森の動物たちにとっては命の危険を感じさせる大事件だったのだ。
 少しの罪悪感を覚えた。
 それから、エリザは森から目を離し、周囲を見渡した。
 街道からも外れた森の周囲は、草原が広がっている。
 今の300メートルの姿の自分が寝そべっても、十分に受け入れてくれそうな草原だ。
 ただ、それでもこの姿で安易に寝転がる事は出来ない。
 万が一、寝そべった地面に人間でも居たら大変だからだ。自分の身体で押し潰した事さえ、気づかないかもしれない。いや、恐らく気づかない…
 もちろん、幾らエリザが優しい治癒術師だといっても、山のような巨人である。普通の感覚をした人間なら、意味も無く彼女に近づこうとは思わないだろう。
 だが、何らかの理由でエリザに用事があって近づく人間が居ないとも限らないのだ。
 300メートルの巨人というのは、思うように振舞う事も難しい…
 折りしも、エリザに近づく影があった。
 …というか、実際には、あまり近づいていない。
 グランゼルからの使者は彼女の姿を見上げたまま、近づくのを躊躇してしまった。
 エリザが佇んでいる場所から500メートル程離れた場所での出来事である。
 彼女の噂を聞いては居たが、実際に会うのは初めてだった。
 もちろん、品行に何の問題も無い治癒術師の人柄は、今では、この国に知れ渡っている。
 だが、人柄がどうという問題では無い。
 幾らなんでも大きすぎるのだ。
 緩いスカートを履いた治癒術師の姿は、あたかも手が届きそうな位に目の前にそびえ立っているように見えるのだが、まだ数百メートルの距離がある。
 『気をつけろよ。間違えて、エリザが歩く時に起こした風に巻き込まれたら、隣の街まで吹き飛ばされてしまうぞ?』
 送り出される時に聞いたグランゼルの言葉を冗談とは思えなかった。
 『いや、まあ、冗談抜きに、エリザが特に大きくなっている時だったら、少し遠くに居るうちに声をかけろ。
  近くに居る事を気づいてもらえないと、本当に危ないぞ』
 最後に真顔で言った、グランゼルの言葉。それは真実だと思えた。
 もし、エリザが足元に使いの騎士が居る事に気づかずに、足を一歩踏み出せば、彼を踏み潰してしまう。
 それは、エリザにとっても、使いの騎士にとっても不幸な出来事だ。
 「お休み中の所、すいません!
  エリザさんに火急の知らせです!」
 森を見つめる、彼女の後姿を見上げて騎士は叫んだ。
 …あれ、何だか小さな声が聞こえる。
 エリザが少し辺りを見渡すと、足元で何か小さな生き物が動いている事に気づいた。
 小さな生き物の表面が陽光を跳ね返して光っている。何かの金属が光を反射しているようだし、形式ばった口調といい、恐らくは、そこに居るのは金属の鎧を着た騎士だろう。
 だが、何分、騎士…と思われる小さな生き物が遠くに居すぎるので、一歩だけ、それに向かって、エリザは静かに足を踏み出した。
 治癒術師が踏み出す足は、もちろん静かに少しだけ上げたのだが、それでも、使いの騎士が今までに見たどんな建物よりも高い高さまで上がり、そして、ゆっくりと降りてきた。
 …踏み潰される!
 エリザの大きさの為に遠近感を見失った騎士は、本気でそう思った。
 もちろん、そんな事は無く、エリザの足は彼の100メートルも手前に落ろされた。
 彼女の踏み下ろした足が起こした振動は、地震と感じる程の強さで彼に伝わった。
 地面の揺れが収まっても、彼自身の震えは収まらなかった。
 「こんな所まで、ご苦労様です。
  でも、今日は、よっぽどの事が無い限り呼ばないで欲しいと頼んでおいたのですけど…」
 言いながら、エリザは目を閉じて、身体を小さくし始めた。
 今の大きさのままでは、余りにも高い所から見下ろしているようなので、見知らぬ使いの者に失礼だし、何よりも声が聞き取り辛いので話にくかった。
 エリザは意識を集中すると、30メートル程の姿まで身体を小さくした。
 そうすると、使いの騎士の表情もよく見えるようになった。
 可哀想に、明らかに怯えている顔が見えた…
 身長300メートルの巨人が言葉を発し、足を踏み出す様を目の当たりにした者としては、ごく普通の反応なのだがエリザは心は重い。
 …うーん、確かに、いきなりさっきの大きさを見せられたら可哀想だと思いますけど。
 でも、休日を邪魔された不機嫌さも手伝い、エリザは、あまり彼に同情する気になれなかった。
 彼の職務とはいえ、女性の治癒術師が一人で過ごすプライベートに入り込んできたのである。しかも、エリザの事は十分に聞いてきているはずだ。
 使いの騎士が少々驚いたとしても、さすがにそこまではエリザも責任が持てない。
 とはいえ、彼を責めても意味が無い。
 余程の事情があるから、自分のせっかくの休暇を邪魔しに来たのだろう。
 「何か、大変な事でもあったのですか?」
 心の中でため息をつきながら、努めて優しく、エリザは怯えている使いの騎士に声をかけた。
 「あ、は、はい、それが…」
 しどろもどろに使いの騎士は話を始める。
 「ム、ムルダールの街に…その、魔法使いの女が来たんです。
  それで、エリザさんを呼んで来る事に…」
 話したい事の1/3程も話せずに言葉を止めた。
 「…?
  その魔法使いの女の人が、何かしたのですか、例えば魔法の失敗で怪我人でも?」
 さすがに状況がわからないので、エリザは聞き返す。
 「い、いえ、怪我人は、まだ出ていません。
  ですが、出るかも知れませんし、エリザさんなら気が合うかもしれないからと、グランゼル殿の判断でエリザさんを呼んで来る事になったのです」
 「気が合うかもしれない…というのは、どういう意味ですか?」
 ますます、意味がわからなくなってきた。
 「は、はい、同じ魔法を操る者同士ですし、女性同士ですし…その…」
 言いにくそうに、騎士の言葉は尻つぼみに消えていく。 
 これでは、やはり意味がわからない。
 「あの、すいません、最後の部分が聞き取れなかったのですが、はっきりとおっしゃってくれますか?」
 少しだけ、イライラした気分が口調に出てしまった。
 また、騎士が怯えた顔をする。
 巨人が少し機嫌を悪そうな声を出すだけで、普通の人間には恐ろしさを感じてしまう。エリザは、また少し罪悪感を覚えた。
 「はい…巨人同士なので、気が合うこともあるかもしれないと…」
 元気の無い声で、使いの騎士はうつむき加減に言った。
 …は?
 三つ並んだキーワード。
 最後の言葉が、明らかにおかしい。
 一応、頭の中で整理し直してみる。
 話の焦点は、ムルダールの街にやってきた、魔法使いの女…魔女についてである。
 その魔女と、自分の共通項に関してを、使いの騎士は並べたわけだ。
 まず『魔法を操る者同士』。まあ、治癒術だろうと破壊の魔法だろうと、魔法には違いないから、これは理解できる。
 次に『女性同士』。どんなに大きくても、エリザは女の子だ。相手も女性だというなら、女性同士に違いない。
 最後に『巨人同士』。なるほど、昼間のエリザは巨人だ。相手も巨人という事なら、巨人同士だ。
 …い、いや、それは、おかしいでしょう?
 「あ、あの、その魔女の身長は…どれ位なんですか?」
 念のため、騎士に確認する。
 使いの騎士には失礼だが、彼が気が動転して、おかしな事を言ったのでは無いかと疑った。
 「え、ええと、今のエリザさんと同じ位…30メートル位です。
  その魔女は、朝に突然空から降ってきて、ムルダールで一番大きな屋敷の屋根を椅子代わりにして腰掛けているんです…」
 少し落ち着いてきた騎士は、やっと詳細な情報を説明し始めた。
 巨人の魔女がやってきたのは、朝の早い時間だったそうだ。多くの人にとっては、目覚ましになったという。
 黒いローブで身体を包んだ女の顔は幼く、少女と呼ぶべき風体だという。
 巨人の魔女は、しばらく不思議そうな顔をして街の家々を跨いで歩き回った後、最後ににっこり微笑んで、屋敷の屋根に腰を落ち着けて、何もせずにぼーっとしているそうだ。
 それから、街からの通報を受けたグランゼルの判断で、使者がエリザの所にやってきたのが今…昼時を少し過ぎた、この時間である。
 「よくわからないのですが、その魔女は我々の言葉に一切耳を傾けないのです。
  子供のような仕草で、あまり知能が高そうには見えないのですが、さすがに言葉位は理解しそうに見えるのですが…」
 「い、いえ、騎士殿…?
  気が合うかもしれないって、言葉も通じないんですよね?
  私に一体、どうしろと…」
 とってつけたような名分を使者に持たせたグランゼルを思って、エリザの口調は重くなる。
 「正直、私もそう思います…
  ただ、あのような巨人、エリザさん以外には聞いた事がありませんので、もしかしたらエリザさんと同様の境遇かもしれませんし…」
 なるほど、それは一理あるが…
 「…もう、わかりました。行けば良いんですよね、行けば」
 これ以上、使いの騎士と問答していても仕方が無いと思った。
 色々と理屈を並べているが、つまりは、
 『何だか言葉が通じない女の子の巨人が現れて困ったから、エリザを呼んで来い』
 という事である。
 「確認しますけど、怪我人は居ないんですね?」
 「はい、私がグランゼル殿の所を離れた時点では…」
 一応、その時点では怪我人が居ないという事に関して、エリザは少し安堵した。
 ムルダールの街までは、馬を飛ばして3時間といった所である。それならば、目一杯大きくなれば、急げば10分もかからずに行ける。
 手早く片付ければ、また、針葉樹の森を眺めに戻ってくる事も出来るだろう…
 「じゃあ、急いで行く事にしますね。
  すいません、本当は、あなたも運んでいってあげたいんですけど、急ぎますので…」
 エリザが本気で急いだら、彼女の身体に乗っている人間は、その揺れに耐える事は出来ないだろう。
 すいませんけど、帰りも自力で帰ってくださいと、エリザは使いの騎士に頭を下げた。
 「いえいえ、そんな事。
  多分、そうなるだろうとグランゼル殿もおっしゃっておりました」
 使いの騎士はあわてて首を振った。さすがにグランゼルはエリザのことをよく知っている。
 エリザは使いの騎士を見下ろしたまま、小さくため息をついた。
 どう考えても治癒術師として緊急招集がかかったのとは、違う気がするが、しかし、そんな事も言っていられないようだ。
 エリザは身体を動かす時に起こる風で使いの騎士を吹き飛ばさないように、彼から2散歩離れると、大きくなる。
 元の大きさ、針葉樹の森を上から観光していた時の300メートルサイズだ。
 「では、本当にすいませんけど、これで失礼します…」
 そっとささやきながら、使いの騎士に一礼するエリザの声は、彼にとっては耳を塞いでいても胸まで届くような大きさである。
 こうして、エリザは、せっかくの休日を返上する事になってしまった。
 使いの騎士は、ムルダールの街へと歩きさる巨人の姿があっという間に見えなくなるのを呆然として眺めながら、自分の任務が終わった事に気づいた。

2.グランゼルの過ち

 いつも、それなりに賑やかなムルダールの街。
 だが、今日は、かつてない位に賑やかだった。
 少なくとも、この街に数百人単位で兵隊が集まったのは初めての事である。
 ムルダールの兵士の他に、近隣の街からも兵隊が集まっていた。さらに、近所の騎士団も来る予定になっているらしい。
 永らく使われる事もなく、街の武器庫で眠っていた弩砲も持ち出されている。
 武装した兵士が集まり、武器というより兵器と呼ぶに相応しい物を並べている様は、さながら戦争の準備でもしているようだった。
 彼らは、街の中心付近にある屋敷を遠巻きに取り囲んでいた。
 …あはは、一杯集まってきたね。あたし、やっぱり目立つもんね。
 兵士達が囲んでいる屋敷の屋根には、女の子が一人、腰掛けていた。
 フードが付いた黒ローブで、髪まですっぽりと隠している容姿は魔法使い…彼女は女性だから、魔女…のようだが、そう呼ぶには少し幼すぎるように思えた。
 両手を後ろに回して屋根につき、背中側に体重をあずけるようにして、彼女は屋根に座っている。
 そのまま、少し振り返ったりして、回りを見渡した。
 なるほど、地面では兵士たちが街の家をバリケードにして隠れるようにしながら、彼女の事を取り囲んでいる。
 高い所から見ると、女の子からは兵士達の様子がよく見えた。
 彼女は二階建ての屋敷の屋根に座っているわけだが、彼女の目は、屋敷の屋根より、さらに10メートル以上高い所にある。彼女が立ち上がれば、目の位置はもっと高くなる。
 そもそも、たかが二階建ての屋敷の屋根など、彼女の股にも届かないのだ。
 …でも、まさか、この人達、あたしとケンカする気なのかな?
 身長が30メートル程ある女の子の巨人。
 黒ローブを纏った女の子の巨人が、屋敷の屋根に悠然と腰掛けたまま、あわてる兵士達の様子を見渡していた。
 彼女にしてみれば、彼女の人差し指程の大きさしかない、小さな人間達が、何やら武器のような物を並べているのだ。
 友達の騎士の少年に絵を見せてもらった事がある。絵とは少し違うが、あの手のひらサイズの大きな弓は、『弩砲』と呼ばれる武器だろう。
 お城を攻めたり攻められたりする時に使われる、太くて大きな矢を飛ばす武器らしい。
 なるほど、彼女の小指の程も太さがある、かなり大きな矢を飛ばすことが出来そうだ。
 「あはは、面白いね。どんな事する気なの?」
 女の子の巨人は小人達の様子を見ていて、声を出して笑ってしまった。
 でも、小人達は彼女の言葉を聞いても、何か彼女が意味のわからない事を言ってるようにしか感じなかった。
 誰も彼女の言葉を理解する事が出来なかった。
 「あーあ、テレパシー送っても誰も通じる人居ないしなー…」
 言葉が通じないので、女の子は少し寂しかった。
 見れば、周りの兵士達は自分の笑い声に驚いたようだが、変わらずに何かの作業を進めている。
 建物をバリケード代わりにしながら取り囲んで、弩砲で撃とうとしているようだ。
 「でも、すごいね。
  みんな、あたしの事が怖くないの?
  あたし、こんなに大きいのに」
 恐れる様子もはあるが、攻撃をしかけようとする兵士達の事に、女の子は興味を持った。
 「えへへ、あたし、準備終わるまで待ってないとだめ?
  その前に、そのおっきい弓とか、片っ端から踏み潰しちゃだめなの?」
 どうせ意味が通じていないだろうけど、女の子はからかうように言ってみた。
 彼女を取り囲む兵士達は、意味のわからない事を怒鳴っている巨人には関わらず、準備を進めている。
 「あーあ、つまんないな…」
 女の子は不満そうに口を尖らせた。
 兵士達は、彼女の動作にあまり関心を示していなかった。
 この、意味がわからない事をしゃべっている黒ローブを着た女の子の姿をした巨人は、頭がおかしい。
 それが、彼らの結論だった。
 確かに人間を人形みたいに摘み上げられるような巨人である。
 しかし、彼らは、それ程の恐怖も感じていなかった。
 もっと大きな巨人を知っているからだ。
 「こんな頭がおかしい巨人、エリザに比べれば可愛いもんじゃないか。
 怖がるなとは言わんが、あんまり怖がりすぎるなよ!」
 司令官とおぼしき男が、激を飛ばしている。
 「隊長、それ、エリザが聞いたら怒りますよ…」
 「い、いや、エリザに比べれば小さくて可愛いって意味だ。頭の中身の話じゃない」
 「全くフォローになってないと思います…」
 間の抜けた会話をする余裕があった。
 確かに、今、屋根に腰掛けている女の子の巨人は、この国の者なら噂位は聞いた事がある治癒術師に比べれば、それ程には大きく無いように思えた。
 彼らは巨人という存在に慣れていたのである。しかも、同じように女の子の姿をした巨人だ。恐怖が麻痺していたとしても仕方ない。
 「しかし…本当に攻撃するんですか?
  なんか、悪い子に見えないんですけど…」
 兵士Aが隊長に尋ねる。
 恐怖よりも、少しの罪悪感があった。
 確かに、普通レベルで考えれば恐ろしい大きさの巨人だ。
 だが、意味がわからない事を言ったりもしているが、不思議そうに首を傾げたり、笑ったりする仕草には、知性のかけら位は感じる。
 大きい事を除けば、多少頭が足りなそうだが、可愛らしい女の子にしか見えないのだ。
 「だが、話の通じぬ巨大な化け物が街に居座り続けているんじゃ、排除するしかあるまい…
 今はおとなしいが、あれが暴れだしたら、お前、責任取れるのか?」
 「それは、まあ・・・」
 兵士Aは、屋根に座って楽しそうに見下ろしている巨人を見上げて、力なく言った。
 「あの位の大きさなら、攻城兵器をぶつければ効くだろう。エリザじゃあるまいし」
 「…今度、エリザの勤め先の近くに行くんで、伝えておきますね」
 兵士達は間の抜けた会話を続けながらも、攻撃準備を整えた。
 やがて女の子を取り囲む兵士達は、多少の戸惑いと共に弩砲での攻撃を開始した。
 人間の手足よりは太い矢が、弩砲の弦から放たれた。
 弩砲と呼ばれる弓は、矢を張るにも、すでに人力では無くロープで巻き上げるような機械仕掛けで張っている。
 人間の力を超えた力で矢を放つそれは、武器というより兵器と呼ぶに相応しい。
 それが、情け容赦なく、一人の女の子へと飛んだ。彼女の横からも背中からも、容赦なく四方から矢が放たれた。
 何十本かの太矢が、その大きさに似合わない速度で飛ぶ。
 そして、女の子の手前で静止した。
 なかなかに正確な狙いで、矢は彼女の頭部へと周囲から飛んでいたので、太矢は彼女の頭の周りで輪っかのようになっていた。
 「うんうん。まあ、こんなもんかな」
 当然の結果だよね。と、女の子は矢が静止する光景に満足そうに頷いた。
 それから、もう自分を狙っている弩砲が無い事を確認する為、座ったまま周りの地面を見回した。
 「あ。そうだ、みんな、よく見ててね。
  面白い事してあげるから」
 誰にもわからない言葉で女の子は言った後、後ろ手にして屋根についていた手を上げ、少し身体を起こす。
 それから、自分の指を咥えるようにして、少し考え込むように首を傾げた。
 「んー…
  こんな感じだね、多分」
 少し自信無さそうに呟くと、彼女の頭の周りで止まっていた太矢が動き始めて、彼女の口元、咥えている指の所に揺れながら集まってきた。
 女の子の巨人の思うがままに、弩砲から放たれた矢が動く光景を、兵士達は成す術も無く見上げていた。
 「うん、ちゃんと全部持ってこれたね」
 自慢気に笑みを浮かべると、集まってきた10本程の太矢をまとめて摘んだ。
 太矢の一本一本は彼女の指よりは細いが、10本集まると、さすがに彼女の指よりも太い。 
 「風…か?」
 「いや、そりゃ、風の魔法でしょうけど…」
 隊長と兵士Aが話している。
 おそらく風の魔法だとは、彼らも理解出来る。
 風の障壁のような物を作り出して、矢を防ぐ魔法は、武器を持って戦う人間ならば聞いた事がある。
 ただ、それはあくまでも、普通の弓から放たれた矢を防ぐ程度の風である。投石機や弩砲から放たれる、大石や太矢を止めるような力は無い。
 まして、完全に静止させ、しかも思うがままに風に乗せてしまうような芸当は誰も見た事が無かった。
 魔法である。
 それも、本屋で教本が売っているような初歩の魔法では無い。
 彼らは自分達が失念していた事に気づいた。
 目の前に居るのは、確かに身長が30メートルもある、女の子の巨人だ。
 だが、彼女が身に纏っているのは魔法使いが着る、黒いローブ。
 彼女は巨人である以前に、魔法使いなのだ。
 「んー…これなら、当たってもあんまり痛くなさそうかな?」
 女の子は太矢をまとめて摘んで眺めている。
 しばらくすると飽きたのか、両端を摘んで力を加え始めた。
 ゴキン。
 10本程の鉄で出来た太矢は、鈍い金属音を立てて折れた。
 女の子が手を離すと、鉄の塊と貸した太矢が空から降り注ぎ、幾つかの金属音が地面に響いた。
 人間の攻城兵器など、彼女にとってはその程度の物である。
 これも、もちろん忘れてはならない事だ。彼女は魔法使いであると共に、巨人なのだ…
 人の手足よりも太くて硬い鉄の矢を、お箸でも持つように摘んで、事も無さげにへし折ってしまうような巨人なのである。
 確かに、たかが30メートル程の小さな巨人。
 特に大きくなったエリザから見れば赤子のようなサイズだが、それでも人間を摘み上げて、その身体をへし折るには、問題無いサイズなのだ。
 兵士達は弩砲に次の矢を装填する事も忘れて、呆けたように見上げている。
 「隊長…無理ですよ、これ」
 「う、うむ…」
 せめて、巨人なのか魔女なのか、どちらかにして欲しい。
 『巨人』と『優しい治癒術師』の組み合わせなら大歓迎だが『巨人』と『何を考えてるのかわからない魔女』の組み合わせには困ってしまった。
 これは、さっさと逃げた方が良いかと隊長が考え始めた頃、巨人の魔女が動いた。
 人差し指を立てて、にやにや笑い始めた。
 巨人が指差しているのは、彼女を囲む弩砲の1つ。屋敷の屋根に腰掛けたまま、悪戯でもするように笑っていた。
 立てた人差し指を左右に振って、弩砲周辺の兵士にどくように指図をしている。
 もしも、あの弩砲の矢をまとめてへし折る、巨大な指が近づいてきたら…
 弩砲周辺の兵士があわてて逃げ出すのを、女の子は満足そうに見送る。
 それから、片目を閉じて、狙いを定めるようにして人差し指を弩砲に向けたまま、動きを止めた。
 一瞬の沈黙。
 次に、爆発音が響いた。
 女の子の指先が薄い光に包まれたかと思うと、そこから伸びた光が弩砲を貫いた。
 まるで油をかけて火をつけられかのように、燃え上がる弩砲。
 もし、近くに兵士が居たら爆風と熱に巻き込まれて、ただではすまなかっただろう。
 「と、とりあえず弩砲から離れろ!」
 多少、気が動転した隊長の叫び声は、意外と正しい指示だったのだが、彼の声は、それよりも遥かに大きな音に掻き消されてしまう。
 「あはははは、燃えちゃったね?」
 手を叩いて喜んでいる女の子。燃え上がる弩砲を見て満足のようだ。
 それから、女の子の巨人は、笑いが止まらない様子のまま、指先を他の弩砲にも向け始めた。
 もしも、あの指が、こっちを向いて、弩砲を燃え上がらせるような威力の魔法が放たれたら…
 離れた所に居ても、安全では無い事に気づいた兵士達。
 特に歴戦の勇士というわけでもない兵士達は限界だった。我先にと逃げ出した。
 …よし、退却の指示を出す手間が省けた。
 隊長は逃げ出した。兵士Aも逃げ出した。
 …あれ、みんな逃げちゃった?
 なーんだ、あんまり根性無いな。
 燃え盛る弩砲の中心で、女の子は寂しそうにため息をついた。
 そういえば、弩砲が結構燃えている。このままでは、周囲の家にも燃え広がってしまうかもしれない。それでは街の人が可哀想なので、今度は水の魔法で氷を放ってみた。
 すると、燃えていた弩砲は凍りついてしまう。彼女が手を伸ばして指で弾くと、粉々になってしまった。
 そうすると、また静かになった。
 「あーあ、つまんないな…」
 誰も居なくなった街の真ん中で、依然、女の子の巨人は屋根に腰掛けている。
 グランゼルの騎士団が街に着いたのは、それからしばらく後の事だった。
 たまたま巨人の専門家の騎士が近くに居たという事で、呼ばれた彼である。
 近くに居た彼の部隊は、街に巨人が現れた事を聞いて急行して来た。同時に、休暇中のエリザにも使いを送っている辺りは行動が早い。
 ムルダールに着いて、すぐさま街の警備隊長から事情を聞いた彼は、街の警備隊長の軽率さ、巨人に攻撃をしかけた隊長の判断を咎めた。
 「あんたら、ブラドゥの件を知らんのか?」
 責めても仕方ない事はわかっているが、言わずには気が済まない。
 皆、いつの間にかエリザに慣れ過ぎて、甘え過ぎて、忘れているのでは無いだろうか?
 人間の何十倍も大きな巨人は、女の子の姿をしていても、人間を虫のように容易く踏み潰せる事を忘れているのではないだろうか?
 攻城兵器など、巨人には全く通じなかった実績だってあるのに、軽率に攻撃などしかけて、もしも暴れだしたらどうするつもりだったというのだ?
 グランゼルの怒りは収まらない。
 「う、うむ、仰る通りです。
  巨人がエリザより小さい事もあり、馬鹿にしている気持ちがあったのは事実です…」
 グランゼルよりは年上の街の警備隊長が、沈痛な面持ちでかしこまっている。
 彼が実戦の経験など無い、平和な街の警備隊長である事を思い出したグランゼルは、少し気まずくなったので、強い言葉で言った事を謝罪した。
 「だが、言葉は通じないみたいだが、話を聞く限りだと、そんなに悪い奴じゃないんじゃないか?」
 よく話を聞いてみると、貴重な弩砲が、玩具の弓矢みたいに破壊されたものの、人的被害は皆無である。逃げる時に転んだ兵士が数人居た位だ。
 建物の屋敷に座り込んだ巨人の素行は、まるで子供の悪戯のようにも感じられた。
 「確かに、そういう意味でも、攻撃を仕掛けたのは軽率だったかもしれませんが…あの程度の巨人なら、暴れだす前に倒してしまうべきかと思ったもんで…」
 「ああ、言われてみれば、あんたらの判断にも聞くべき点はあるよな。もう、それはいいから、これからの事を考えよう」
 巨人を見慣れていると言えば、グランゼルは無駄に定評がある。件のエリザにも直接コネがあるのもありがたい。彼が近くに居た事は、街にとっては幸いだったと言えるだろう。
 「エリザに任せるにしても、一度、様子を見ておこうと思う」
 少しの話し合いの後、彼は言った。
 「なに、こっちが変な事をしなければ、いきなりこっちを踏み潰したりするような奴じゃないだろう」
 言葉は通じないようだが、知能と心は多少なりともあるようだから、動物の相手でもするようなつもりで対処すれば、何とかなるのではないか?
 そうしたグランゼルの判断であるが、彼自身、やはりエリザを基準に考えていて、甘く見ている面がある事に気づいていなかった…
 すぐに、屋敷に腰掛けている巨人の所に向かうグランゼル。
 巨人を刺激しないように、兵士を少し離れた所で待たせ、一人で近づいていった。
 なるほど、確かに巨人が居る事をグランゼルは認めた。
 黒ローブを着た女の子の姿をした巨人が、屋根に腰掛けているのだ。
 女の子の巨人は、つまらなそうな顔をしているが、顔だけ見れば、なかなか可愛い。
 可愛さにも色々あるが、彼女の場合は人形のように整った可愛さを感じた。年齢は10台の半ば位だろうか?
 ローブに隠れているが、少し不健康そうに痩せた身体をその中に収めているようだ。
 もちろん屋根に腰を下ろす、見上げるような巨人だが、その容姿は紛れも無い女の子だった。
 もちろん、容姿だけ見て油断してはならないが、それでも化け物の姿よりはマシだろう。
 女の子も一人で歩いてくる彼に気づいたようで、にっこりと手を振った。
 どう見ても友好的な態度だ。グランゼルもそれに答えるように手を振った。
 女の子は何か言葉を発しているようだが、その内容は、やはり理解できなかった。
 だが、意味不明の言葉を羅列しているわけでも無いようだ。言葉の抑揚、リズムを感じる限りでは、彼女は彼女なりの言語を発しているように思えた。
 特に、自分の事を指差して、しきりに何かを言っている。
 …名前なのか?
 自分の事を指差して、何かを伝えようとしている。見ず知らずの人に、そういう仕草をするという事は、まずは名前を伝えようとしていると考えるのが普通だ。
「リーズ?」
 グランゼルは、彼女に手を向けて首を傾げてみせた。
 これは彼の常識では、物を尋ねる仕草なのだが、相手は見知らぬ言葉を操る巨人である。首を傾げる仕草が、何か悪い意味に取られないと良いのだが…
 少しの不安を持ちながらグランゼルは女の子を見上げていたが、彼女が満足そうに頷いたのでグランゼルは安心した。
 その表情と頷く仕草を見る限りでは、意思が通じているようにも思える。
 多分、リーズというのが彼女の名前、もしくは称号か種族のように、自分を表す言葉なのだろう。
 それから女の子の巨人は、グランゼルがしたのと同じように、彼に手を向けて首を傾げた。
 …名前を聞いているのか?
 「俺は、グランゼル」
 そう判断したグランゼルは、自分を指差して名前を名乗った。リーズは、再び満足そうに頷く。
 「なんだ、こいつ、普通に話が通じそうじゃないか」
 やはり、街の警備兵達の交渉能力が低すぎただけなんじゃないかと、グランゼルは疑問に思った。。
 確かに彼女は魔法で弩砲を玩具のように破壊したが、人は誰も傷つけていない。物的被害も、こちらが攻撃を仕掛けた兵器以外は、彼女の靴が街の床を傷つけた程度である。
 この巨大な姿の幼い魔女は、見た目よりもよっぽど理知的な相手だとグランゼルは確信した。
 これは、どうやら、いきなり彼女に攻撃を仕掛けた、こちらが悪いようである。
 グランゼルは弩砲の破片を指差し、それから彼女の事を撃つような仕草をした後、謝罪の言葉と共にリーズに頭を下げた。
 「んー、いきなり弓とか撃ってごめんなさいって事なのかな?
  …なんて言っても、言葉通じないんだよね、グランゼルは」
 リーズは彼の言葉を謝罪と受け取った後、笑顔で首を振った。
 別に痛くも何とも無かったし、怒る気持ちは無い。むしろ遊んでくれたから楽しい位だ。
 「あー、ていうか、全部壊しちゃったよね、あたし。
  えへへ、あたしの方こそ謝るね」
 グランゼルが話した謝罪の言葉を、そのまま彼に返しながらリーズは手を合わせて謝った。
 笑って誤魔化すような失礼な謝り方だが、それでもグランゼルは彼女の誠意として受け取った。
 この巨人と、言葉は通じないものの意思の疎通が可能な事はわかった。
 ほぼ身振り手振りの会話になりそうだが、グランゼルは、もう少し彼女と話そうと思った。
 「リーズ、空から来たのか?」
 まず、彼女が何者なのか気になる。グランゼルはリーズと空を交互に指差して尋ねてみる。
 少し悩んだ後、微妙な顔で頷くリーズ。彼女としても、何とか意志の疎通をしてみたいのだが…
 「リーズは天使か何かか?俺は、この地上の人間だ」
 次に、自分と地面を交互に指差しながら尋ねるグランゼル。さすがに尋ねる単語が多すぎて、これではわからないかと、尋ねた後で後悔した。
 この仕草が、リーズを悩ませた。
 先ほどの、空と自分を指差した仕草の意味も、いまいちわからなかった。
 …うーん、色々指差してなんだろう?
 ちょっと悩んだ後、リーズは彼女なりに結論を出した。
 「あ、もしかして、『悪い事したお詫びに、指でぐりぐりしていいよ』って意味?」
 彼は、リーズを指差した後、自分と指差して、最後に地面を指差したのだ。
 それを順番に解釈すれば、『リーズ、俺を上から地面に押し付けて指でぐりぐりしていいよ』という事になる…と彼女は考えた。
 「ほんとに、そんな事、していいの?」
 リーズは彼を指差した後、地面に指を向けて、押し付けるように指し示して確認した。
 その態度を少し不振に思いつつも、グランゼルは何となく頷いてしまった。
 「うん。それじゃ、遠慮なく!
  えへへ、グランゼルさん、勇敢だね」
 それを、リーズはグランゼルの勇気と優しさだと勝手に解釈した。
 彼にしてみれば、自分は恐ろしい巨人に見えるはずなのに、グランゼルは、なんと勇敢で潔いのだろう?
 「えへへ、ファフニーで遊ぶみたいに、遠慮なく、やっちゃうからね」
 決めてしまえばリーズに迷いは無かった。容易く人を握り潰せる右手を、グランゼルの方に伸ばし始めた。
 彼女の異常な喜びように、さすがにグランゼルも疑問を持ったが、手遅れだった。
 リーズの指は、騎士の鎧を難なく摘み上げる。グランゼルは、あっという間に、屋敷に腰を降ろしているリーズの顔の前まで運ばれた。
 自分の胴回りほどもある女の子の親指と人差し指に摘まれては、彼も身動きが取れない。
 「お、おい、何を?」
 まさか食べる気じゃないだろうな?
 目の前に、そういう大きさをした、女の子の口がある事に気づく。騎士を鎧ごと噛み砕くのも大して難しく無さそうな、無邪気な唇だ。
 だが、もちろん、リーズはそんな事はしない。
 「へー、この世界の鎧って、結構いい鎧なんだね」
 ただ、彼女はグランゼルの胸の辺りを摘んで、彼の鎧の丈夫さに感心した。
 今、リーズは人間の胸の骨が軽く砕け散る位の力は込めて、彼を摘んでいる。
 しかし、彼の鎧は、その形を保っているのだ。たいしたものである。
 だが、少しづつリーズが指先に力を入れるにつれ、騎士の鎧も歪み始める…
 …握り潰される!
 「お前、一体、何を!」
 先ほど、平和に話していた時と変わらない笑みを浮かべているリーズに、初めてグランゼルは恐怖を感じた。
 楽しそうに微笑んだまま、自分を握り潰してしまおうとしてるようにしか、思えなかった。
 何で、彼女が突然こんな事を始めたのか、検討もつかなかった。
 さっぱり意味がわからないが、しかし、このままでは握り潰されてしまうかもしれない。
 リーズの指から逃げ出そうと、グランゼルは彼女の指を抱くようにして足掻くが、リーズは全く動じない。むしろ、ますます楽しそうに、さらに指に力を込める。
 「えへへ、逃げられないよ、騎士さん?」
 冷たい金属が手の中で動いているのをリーズは感じる。少し滑るけれど、注意していれば、どうという事は無い。
 小さな生き物が逃げようとして足掻いている手触りは、ますます彼女を楽しませた。
 リーズがもう少し力を入れて摘むと、グランゼルの金属製の鎧は明らかに歪み、彼の身体を圧迫しはじめた。
 鎧を着ていなければ、もう彼の体はリーズの指で引きちぎられている力である。
 これ以上は、本当に握り潰してしまいそうだという限界を感じた所で、リーズは彼を解放して、手のひらに乗せた。
 一瞬、身体が楽になるグランゼル。
 だが、休む間もなく、リーズが立てた人差し指が彼に近づいてきた。
 ぐりぐり。
 リーズは指先で、彼を手のひらに押し付ける。
 相手が丈夫な鎧を着ているから、少し位なら強く押しても平気だ。
 異世界の勇敢な騎士を、リーズは指で突いて玩具にし続けた。
 少し苦しいが、どうやら自分を潰してしまうつもりでは無い事が、時間が経つと共にグランゼルもわかってきた。
 …な、なんで、こんなに指で突くんだ、こいつは??
 しかし、わけもわからず、リーズの手のひらの上で弄ばれ続けるグランゼル。
 抵抗も虚しく指で転がされながらも頭を働かせて、状況を考える。
 一体どういう事なのだろう?
 この巨人が、最初から自分をからかって、殺してしまうつもりだったのでなければ、何かの勘違いという事が考えられる。グランゼルは、自分の仕草を思い出してみる。
 リーズを指差し、空を指差した仕草。
 自分を指差し、地面を指差した仕草。
 …おい、ちょっと待て。
 「ち、違う、上から俺を指で突けという意味じゃないんだ!」
 彼女の意図に何となく気づいたグランゼルは、弱弱しく叫ぶが、最早リーズは相手にしない。
 もっと早くに、あわてた素振りをすれば良かったのだが、リーズの遊びは始まっているのだ。
 今更、許してくれと頼んでも、『声が出せるんだから大丈夫』としか、リーズは受け取らない。
 顔の辺りを覆うように伸びてくるリーズの指をグランゼルは思いっきり叩いてみたが、壁でも叩いているような気分だった。
 「うわー、まだ抵抗できるんだね。
  すごいな、グランゼルさん!」
 リーズはグランゼルの事が気に入っていた。
 彼は、自分の何十倍もある巨人を相手に、一人で堂々と近づいてきて話をしようとしたのだ。
 しかも、自分達の非を詫びて、指でつついて良いとまで言うのだ(実際は、そんな事は言っていないが)。
 なんて勇敢で理性的で優しい騎士なのだろう?
 彼に対する尊敬の念を感じる。
 「ほら、グランゼルさん、勇敢な騎士さんなんでしょ?
  もっとがんばれー」
 だからこそ、彼を手のひらに乗せて、動かなくなるまで徹底的に指で弄ぼうと思った。尊敬できる相手だからこそ、そうして遊びたいのだ。
 リーズの楽しい時間は、いつまでも続く。
 段々とグランゼルが弱っていくのがわかる。
 …えへへ、そろそろ限界かな。でも、もうちょっとだったら平気かな?まだ、声も出してるし、息もしてるもんね。
 そうして、あんまり面白くて夢中になったから、リーズは足音に気づくのが遅れた。
 リーズが気づいたのは、その音が、明らかに地面を揺らす位まで近づいてからだった。リーズが振り向くと、女性が一人、立っていた。
 紺を基調にした彼女のスカートは少し動き辛そうだが、黒一色の自分のローブよりは可愛い。手袋をはめて、意匠の付いた帽子を被ったスタイルは、何かの制服みたいに見えた。
 それが、この辺りの治癒術師の正装である事を、リーズはもちろん知らなかった。
 少し違和感があったのは、彼女の体の大きさ。
 屋敷に腰を降ろしているリーズの目線は、彼女の膝の辺り。リーズは、見上げなくては彼女の顔を見る事が出来なかった。
 リーズよりも、さらに二倍も大きな巨人の娘が、真っ青な顔をして立っていた。ここまで大きいと、足の踏み場にも困りそうだ。
 「あれ、あなたは誰?
  この世界の人なのに、随分大きいのね」
 随分と大きな人だと思ったが、特に気にせずに話しかけた。
 もちろん、エリザにはリーズの言葉は理解出来ない。
 「あ、あなた、一体、何をしてるんですか!
  早く、その手を離しなさい!」
 エリザにリーズの言葉はわからないが、状況は明白だった。
 屋敷に腰掛けている黒ローブの女の子は、手に何かを乗せて弄んでいる。
 彼女の手に乗せられ、弄ばれているのは、グランゼル。
 リーズが玩具にしている物を目の当たりにした時、エリザは、今まであげたことの無いような大声をあげてしまった。

 3.治癒術師と異界の妖精

 エリザは知らなかった。
 今まで、誰よりも知っているつもりだったが、実は、誰よりも知らなかったという事を思い知らされた。
 こんなにも、おぞましくて恐ろしい光景なのだろうか?
 力のある者が無いものを弄ぶ光景…
 グランゼルが、黒いローブを着た女の子の手の中で、なすがままに弄ばれている。
 巨人が人間を摘み上げ、人形のように弄ぶ光景が、こんなに酷い物だとは思わなかった。
 こんなに身体の大きさが違っては、逆らいようが無いではないか…
 巨人の身体の大きさ、力の恐ろしさは誰よりも理解しているつもりだったが、そうでは無かったのだ。
 こうして第三者として目の当たりにすると、それが改めて異常な光景だと認識した。
 …私も、ああいう風に見えるの?
 笑いながら人間を弄ぶ巨人の少女の姿に、自分を重ねる思いもあった。
 だが、そんな事を気にしている場合ではない。
 「早くグランゼルを離しなさいと、言ってるんです!
  あなた、自分がどんな事をしているのか、わかってるんですか!」
 もう一度、エリザは強い声で叫んだ。
 人間…それも、親しい者が巨人の手に捕らわれている。
 何気ない笑顔を浮かべながらグランゼルを弄んでいる巨人の女の子を見ると、エリザは背筋が寒くなった。
 怖い。
 いくら彼女が巨人とはいっても、たかだか30メートル程だ。彼女は、その倍も大きな自分に怒鳴られ、見下ろされているのに、全く動じずに無邪気に笑っているのである。
 とても、黒いローブを纏った女の子が正常な神経の人間とは思えなかった。
 よく見れば、周囲には燃やされ、凍らされた弩砲の残骸が転がっている。これも異様な光景だ。恐らく魔法だろう。この小柄な巨人の少女は、黒ローブを纏うに相応しい、破壊の魔法の使い手なのだろう。
 癒しの魔法を扱う者と、破壊の魔法を扱う者では、一対一で戦うにはハンデがありすぎる。
 そもそも、エリザは争い事が得意な方ではない。
 でも…
 「なんで…そんな事をするんですか…
  あなたは、人の命を何だと思ってるんですか!?」
 グランゼルが全く動かない。死んではいないのかも知れないが、女の子の手に乗せられたまま、全く動かない。
 自分が助けなくては、ならない。
 気持ちは焦るが、彼が巨人の手に乗せられているのでは、人質に取られているのも同じだ。
 声を出して叱責するものの、エリザは、どうして良いかわからなかった。
 黒ローブの女の子の些細な動きも見逃さないように、せめて、エリザは彼女の事をじーっと見つめる。
 エリザとリーズの目が合った。
 リーズは、動揺しているエリザを不思議そうに見つめている。エリザは何も言わずに彼女を厳しい目で見つめる。
 ほんの数秒、二人は黙って見つめあった。
 次に、エリザは声を聞いた。 
 『んー…
  看護婦さんみたいな格好したお姉さんも、やっぱり、あたしの声聞こえないよね?
  知らない人とテレパシーって、やっぱり難しいよねー…』
 頭の中に直接響いてくるような、不思議な声だ。
 明るいが、少し影がある寂しそうな声だった。目の前の女の子が発した言葉なのだろうか?
 「な、何?あなたなの?」
 エリザはリーズに、声を出して答えた。
 『あ、お姉さん、テレパシー通じるの?
  ねーねー、お名前教えてよ。あたし、リーズだよ?』
 リーズは嬉しそうに微笑んだ。
 こうして、色んな人にテレパシーを送ろうとしたが、初めて受け止めてくれる人間に会えた。
 不慣れな彼女のテレパシーに答えられる、魔力を持った人間はエリザが初めてだった。
 『心話…ですか?』
 エリザが知っている心で話す魔術とは、少し違う気がした。
 『あー、お姉さんが思ってるのとは、ちょっと違うかな?
  言葉じゃなくてね、心をそのまま届けちゃうの。
  だから、お姉さんも、あたしの声がわかるでしょ?』
 やはり、声は頭に響いてくる。
 なるほど、言われてみると、言葉を越えたイメージのような物が伝わってくる感じだ。心話と呼んでいる魔術の高位バージョンなのだろうか?
 『怖がらないて大丈夫だから、あたしに任せて、心を開いてね。
  そうしたら、もっと色々な事がわかるよ?』
 心に響く声は、多分、リーズなのだろう。
 そういう事ならばと、エリザは自分が怒っている様子を思い浮かべた。
 『あなたが玩具にしている人間を開放してあげなさい!
  私、怒ってるんですよ!』
 と心から思い、それを伝えようとした。
 エリザの返したテ心は、リーズへと伝わった。
 『う、うわ、お姉さん、怒ってるんだね…
  ごめんなさい。グランゼルさんのお友達なんだね、お姉さん。
  じゃあ、遊びは終わりにして、離してあげるね』
 あっさりと、リーズはエリザに謝った。
 呆気ないリーズの様子に、エリザは拍子抜けしてしまう。
 ただ、こうして謝罪して開放してくれる以上、彼女が人間らしい心を多少は持っている事は確かだから、エリザは安堵した。
 安堵した所に、再び声が響いた。
 『う、うわ!
  この人、怪我してるよ?』
 手のひらの上で動かないグランゼルを見たリーズが、顔色を変えている。
 怪我と聞いて、エリザは声を荒げる。
 「彼を治しますから、早く私に下さい!」
 リーズのとぼけた態度を見ていると、どうしても声が大きくなってしまう。
 人の命を扱う場面では、そういう態度は受け入れにくい。
 見れば、グランゼルの側頭部が少し赤くなっているのが、エリザにもわかる。頭の怪我は、致命傷になりかねないのだ。
 『大きな声を出したら、だめ!』
 焦るエリザを、しかし、リーズは今までとは別人のような強い調子でたしなめた。
 強い感情が、エリザの心に心になだれ込んできた。
 今までの、ほんわかとした掴み所の無い調子とは違う、リーズの強い怒り。
 身体の中から握り潰されてしまうような、そんな恐怖をエリザは感じた。
 悔しいが、幼い顔つきの小柄巨人の怒りが、エリザは怖かった。
 『どういう事ですか?』
 それでも、恐怖で足がすくんでしまう程のショックだが、瀕死のグランゼルの姿を目の前にしては怖いなどと言っている場合ではない。
 エリザは、リーズに向かって、出来るだけ強い調子で心を送り返す。
 『この人、耳が壊れちゃったみたい!
  お姉さんが、大きな声出しすぎるから!』
 リーズの心はエリザを責めるような調子だ。
 今度は、エリザが顔色を変える番だった。
 リーズに言われたように、グランゼルをよく見てみると、確かに耳の辺りから血が滲んでいる。鼓膜でも破れてしまったのかもしれない。
 私のせい…なの?
 傷つけたのは、他の誰でもない自分だ…
 言葉が出ない。
 エリザは、力の大きさについては、理解しているつもりだった。
 その気になれば、声を張り上げるだけで、人を殺してしまうかもしれない事は、わかっているつもりだった。
 決して、グランゼルを傷つけようなどと思っていたわけでは無いのに…
 エリザの神経は限界だった。
 得体の知れない力を持つ、見知らぬ巨人の魔女を相手にして、必死に恐怖を繋ぎとめていたエリザ。
 それ程に強くない、彼女の心を支えていたのは、グランゼルを助けたいという想いがほとんどだった。
 でも…彼を傷つけたのは自分。
 エリザは、頭の中が真っ白になった。
 『でも…でも、とにかく、彼を渡して下さい!』
 真っ白だが、彼を癒さなくてはならない。治癒術師としての、人としての使命感が、かろうじてエリザを動かしている。
 『すぐに…治しますから…』
 困惑した心をリーズに送った。
 リーズは、不思議そうに首を傾げる。
 それから、エリザに微笑み返した。
 『だめだよ。お姉さんには、この人を渡せない。
  少し、落ち着いたほうがいいよ?
  そんなにあわてたら、治せる人も治せないもの』
 魔女に見透かされている。
 そういう風に言われると、エリザは辛い。確かに、ここまで乱れた心では、上手に魔術を操る自信が無い。
 それでも、やるしかないと思うのだが、手が震える…
 『えへへ、そんなにあわてなくても大丈夫だよ?』
 リーズは、自分の手のひらの上に居る生き物に、逆手の人差し指を立ててみせた。
 彼女の指先に、薄い光が灯った。
 『何をする気です!?』
 泣きそうなエリザの心を、リーズは相手にしない。
 やがて、グランゼルの身体が光に包まれた。
 『うん、大丈夫だよ。
  この人だったら、これ位じゃ死なないよ』
 満足気にグランゼルを覗き込んだあと、やっと、リーズは彼をエリザに差し出した。
 エリザは、そっと彼を手のひらに乗せる。
 彼の耳の出血は治っているようだ。
 二人の巨人に傷つけられたグランゼルだが、その顔は安らかなものに、エリザには見えた。
 リーズが、何らかの回復魔法を使ったのだろう。
 まるで人形を弄ぶようだとエリザには思えた。
 身体を玩具にする時も、治す時も、物でも扱うようにあっさりと…
 『お礼は、言っておきますが…』
 エリザには、リーズの振る舞いが、やはり異質な物に思えた。
 『んーん、ごめんね。
  あたしがグランゼルさんで遊んでたから、びっくりしちゃったんだよね…』
 グランゼルの無事を確認しているエリザを見て、リーズが頭を下げた。その心には、あまり元気が無い。
 やはり、エリザは、わけがわからない。
 こうして素直に詫びる姿を見る限りでは、気立ての良い子に見えてしまう。
 『あの…どうしよう?
  他の人も、あたしが治した方が良いのかな…?』
 困惑するエリザに、リーズの心は優しく響くが、リーズ自身もエリザの様子を見て戸惑っているようだ。
 エリザがあわてて足元を見渡すと、近くに居た兵士達が全滅とまでは言わないまでも、やはり耳を傷めたようで苦しそうにしているのが見えた。一部の兵士達は立つ事が出来ないようである。
 自分の靴の爪先にも背が届かない小人達が、自分のせいで苦しそうにしている様子は、さらにエリザの胸に響く。
 『いえ…それは結構です』
 今度こそ自分がやらなくてはならない。
 『だけど、すいません、手が震えてしまうんで、傷ついた方を私の手に乗せてもらえませんか?』
 震える手では、それこそ誤って兵士達をすり潰してしまうかもしれない。
 エリザはリーズに、手に乗せる所までは頼む事にした。彼女の事を完全に信用したわけではないが、どうも彼女は、小さな人間を玩具にする事に関しては異常に慣れているようなので、その事は頼んでも良さそうだと思った。
 『う、うん。わかったよ?』
 わざわざ手のひらに載せてどうするのかリーズは疑問だったが、言われた通りにする事にした。
 「皆さん、大きな声を出して申し訳ありません…
  ショックを受けてしまった方を治しますので、手のひらに載ってください。この子が運んでくれますから…」
 耳を傷めた兵士達を気遣って、なるべく小さな声で言いながら、エリザは、ゆっくりと跪いた。
 それでも、彼女のスカートが地面に近づき、なびいた風は、柔らかい暴風となって兵士達を襲う。
 地面に身体を近づけた巨人の姿は、彼女の声に傷つけられた兵士達にとっては恐怖の対象になるのに十分だった。
 彼らにとっては、地面に優しく広げられた彼女の手のひらの厚みですら、よじ登らなくては登れない高さなのだ。
 その巨人がエリザでなかったら、兵士達は、とても彼女の言う事を聞く気になどならなかっただろう。
 もっとも、彼らの意思は余り関係無かった。
 「大丈夫だよ?
  落ちたら怖くないから、暴れないでね」
 リーズが、弱った兵士を片っ端から摘みあげて、エリザの手のひらに載せたからだ。やはり玩具でも扱うようなリーズの素振りだが、それを注意する余裕がエリザには無かった。
 「他に具合が悪い方は、居ませんか?
  もし、居ましたら、手を上げて頂けますか?」
 自分で立つ力が無くなっていた10人ほどの兵士が手のひらに乗ったところで、エリザは言った。
 少し返事を待ち、兵士達の手が上がらない事を確認した後、エリザは手のひらの兵士達に力を送った。
 『うわー、何人もまとめて治しちゃうんだ。すごいなー、お姉さん』
 リーズがエリザの手際を見て驚いている。
 多くの対象を壊すなら、それ程には難しくない。とにかく大きな力を送れば良いからだ。
 ただ、治すのであれば、そうもいかない。適切に力を送らなければならない。
 これだけ多くの対象に、同時に回復魔法を使う治癒術師の手際に驚いた。
 エリザは、何も答えずに首を振った。
 そもそも自分のせいで傷つけてしまった人達だから、褒められても嬉しくない…
 そうだ、彼は大丈夫だろうか?
 エリザはグランゼルの姿を探す。彼は、エリザとリーズのすぐ側に居た。
 「全く、いきなり大声を出すな、死ぬかと思ったぞ…」
 とても元気とは言えない様子だが、しっかりとした足取りと声である。立ち直りの早い男だ。
 「あ、グランゼルさん、元気になったの?
  でも、今日は、もう遊びは終わりにした方がいいかな。そんな空気じゃないもんね」
 小さくグランゼルに声をかけながら、手を振るリーズ。
 「何を言っているかわからんが、もう勘弁してくれ…」
 グランゼルは疲れきった様子で苦笑しながら首を振った。意思の疎通が出来ているような、居ないような…
 「あの…すいません…」
 一番しょんぼりしているのは、この場で一番身体が大きな治癒術師だ。
 「いや、状況が状況だ…
  大声を出して凶行を止めようとする判断自体は間違ってないから、そんなに落ち込むな。
  いや、それより、お前、この子の言葉がわかるのか?」
 「はい、『心話』の一種のような魔術で、彼女が私と心自体を重ねているみたいです」
 「なるほど…
  じゃあ、話が出来るなら、この子の事は、お前に任せて大丈夫か?
  また、いきなり指を押し付けられるのは、勘弁だ…」
 グランゼルは苦笑しながら、先ほどの経緯を説明した。
 自分を指差し、地面を指差した行為が、誤解を生んでしまったのではないかという事を、彼はエリザに伝えた。
 「い、いえいえ、まさか、そんな」
 信じられないといった風に、エリザが手を左右に振った。
 「そんな勘違いなんて、漫才をやってるんじゃ、あるまいし…」
 彼女の目が点になっている。
 まさか、漫才じゃあるまいし、そんな勘違いをする人間が…
 居るはずが無いと言おうとしたが、目の前で能天気に空を眺めているリーズを見たら、ここに居るかも知れないと思い直した。
 「でも、わかりました。
  この子の事は、私が引き受けます。
  確か、女は女同士、魔法の使い手は魔法の使い手同士…ですよね?」
 一応、グランゼルの無事は確認できたので、エリザも大分、気が楽になった。
 「あと、もう一つは、何でしたっけ?」
 「お前、それを俺の口から聞きたいのか?」
 「いえ、もう結構です…」
 そうして、グランゼルと話を終えたエリザは、リーズの方へ向き直った。
 『あ、お話終わったの?』
 リーズも、グランゼルが無事なのを見て喜んでいる。その笑顔をどこまで信じて良いのか、まだ、エリザはわからないが…
 『ええ、おかげさまで』
 頷いてみたものの、エリザの笑顔がぎこちなかった。
 『あの、あなた…リーズでしたね。
  私、少しゆっくり、リーズと話したいんですけど、場所を変えませんか?
  ここだと、街の人達の迷惑になりますので…』
 言葉を選ぶように、彼女に心を送ってみた。
 怪我人も居なくなったので、次は、この不思議な巨人をこの場から連れ出すのが最優先事項である。
 『うん、そうだね。
  あたし達、大きすぎるもんね。
  えへへ、足を踏む所も難しいよね』
 呆気ないほど、あっさりしたリーズの返事。
 『じゃ、面倒だから飛んでいこうよ。
  お姉さん、危ないから他の人達に離れるように言ってくれる?』 
 具体的な説明は無いが、危ないから離れていろとリーズは言う。
 先ほどまでと同じように、無邪気な笑みを浮かべている。
 リーズの表情を見ているうちに、段々、エリザは彼女の事がわかってきた気がする。
 多分、彼女には悪気は無いのだ…
 「み、みなさん、すぐに離れて下さい!
  この子、何かするつもりです!」
 エリザは大声を出し過ぎないように注意しながら、足元のグランゼル達を見渡していった。
 悪気が無くても、何をされるか、わかったものではない。
 人間達は、黒ローブの巨人から、さらに距離を取るように逃げ出した。
 『うんうん。じゃ、お姉さんも眩しいから、ちょっと目を閉じてたほうが良いね。
  ちょっと大きくなるけど、びっくりしないでね?
  えへへ、踏み潰したりしないから平気だよ?』
 ちょっと大きくなるって、一体…
 エリザも言われるままに目を閉じた。
 やがて、辺りが薄い光に包まれた。
 ざわざわと、足元の兵士達が騒ぐ声がエリザの耳に入る。
 光が消えた時、エリザは目を開いた。
 目の前には、先ほどとは少し違う黒ローブの巨人が居た。
 『じゃ、連れてってあげるね!』
 その笑顔は先ほどまでと変わらない表情だが、まず、その笑顔を見るのに見上げなくてはならない。
 自分の半分ほどの身長だったリーズが、今は自分の2倍ほどの身長になっていた。
 屋敷から立ち上がって、屈みこむようにしてエリザを覗き込んでいた。
 その笑顔は先ほどまでと変わらない表情である。
 だが、目と耳の輝きと形が少し変わっていた。
 少し尖った目と耳が、人間離れしているように見えた。
 何よりも、彼女のローブを纏った背中から広がる羽根に、エリザは目を奪われた。
 手を広げたのと同じ位の幅に、明るい光で出来た羽根が広がっていた。
 その形は、まるで蝶の様…
 『リーズ、妖精さんなんですか?』
 自分の2倍ほど、人間の80倍ほどの身長になった女の子の巨人に見下ろされている。
 でも、エリザは怖くなかった。
 まるでリーズが、物語の中に住んでいる妖精のように見えた。
 足元の兵士達も妖精の姿になったリーズに、しばし目を奪われた。
 『うん、あたし妖精だよ?』
 人を外見で判断しては、いけない。
 エリザも、そんな事はわかっているが、それでも妖精の姿で微笑むリーズを見ていると、気が緩んでしまうのを感じる。
 そういう事なら仕方が無いと思ってしまう。
 相手が人間じゃないのなら、人間の感覚で物事を考えても仕方ない…
 『では、少し遠くに、きれいな森があるんで、そこに行きましょうか
  …でも、リーズの大きさなら、あっという間かな』
 妖精を見上げて、エリザは心を送る。
 それを受けたリーズは頷くと、エリザに手を伸ばし、猫でも抱くように抱き上げた。
 ゆったりと、リーズの光で出来た羽根がなびく。
 光は風を起こさないが、それでも妖精の羽根がなびくと、その身体は空へと浮いていった。
 街が小さくなっていく。
 巨人となった時の視界の高さに慣れたエリザでも、空を飛んで見下ろす景色は、また別だった。
 『あはは、お姉さん、飛ぶの初めて?』
 『も、もちろんですよ!』
 リーズにからかわれても、エリザは驚いた素振りを隠さない。
 『ねえ、お姉さん、名前なんだっけ。
  あたし、まだ教えてもらってないよ?』
 『あ、そうでしたね。私、エリザです。この国の治癒術師です』
 『へー、ここの治癒術師さんって、みんなエリザさんみたいに他の人より大きいの?』
 『い、いえ、そういうわけでは無いのですが、話すと長くなるんですよ…』
 心を通わせながら、巨人達は空を翔る。 
 二人の行き先は、エリザが居た森だ。
 『人が居ないか、足元は十分に注意してくださいね?』
 『うん、わかってるよ』
 エリザを抱き上げたまま、リーズはゆっくりと森の手前に降り立った。
 身長120メートルの巨人が空から降り立つと、どんなにゆっくり降りても、その身体が押しのけた空気が暴風となって吹き荒れてしまう。
 針葉樹の森の入り口付近の木が、何本か吹き飛んでしまう。運悪く近くに居た赤熊も数頭、飛んでしまった。
 『あー、熊が居るね。赤いの!』
 目立つ赤い色を見つけたリーズは、森の上から木々を掻き分け、へし折るようにしながら手を入れた。
 何本かの木を薙ぎ倒しながら、慣れた手つきで身長3メートルの小さな生き物を摘み上げる。
 『ねえ、すごい元気だよ、この子。
  可愛いね、エリザさん!』 
 指の間で必死に暴れている小さな生き物を、エリザに見せてあげた。
 『リーズは、そういうのが好きなんですね。
  でも、離してあげませんか?
  可愛そうですし…』
 今にも潰されてしまいそうな熊を見ていると、エリザは可愛そうに思った。
 やはり、こうして第三者として眺めると、よくわかる。
 人間にとっては恐怖の対象になる巨獣も、巨人にとっては、少し元気な玩具に過ぎない事がよくわかるのだ…
 『うん。エリザさんがそういうなら、そうするね
  えへへ、エリザさん、とっても優しいね』
 リーズは屈みこみ、熊をそーっと森に放してあげた。
 『優しいなんて、大げさです。普通ですよ…』
 エリザは、すこし照れてしまう。むしろ彼女…リーズの方こそ、少し変わっているけど優しい子のようにエリザには思い始めている。
 なんだかんだいっても、彼女は誰も傷つけていないのだ。いや、グランゼルは、少し痛めつけられたが…
 『そうかな? エリザさん、やっぱり優しいと思うけどなー。
  だって、あんなに大きな声で怒れるんだもん。エリザさんは優しいよ。優しくないと、あんなに怒れないもん。
  グランゼルさんが心配だったんだよね?
  ごめんね、びっくりさせちゃって…』
 言いながらも、名残惜しそうに、何やら指を地面に押し付けて、ぐりぐりとしているリーズを見て、エリザは苦笑してしまう。
 『あ、その事なんですけど…』
 多分、あなたはグランゼルの動作を誤解してます。と、彼の話を伝えた。
 『そ、そうなんだ…
  ま、まあ、『死ぬほど指でぐりぐりしていいよ』なんて、言わないか…』
 『言いませんよ、そりゃ…』
 残念そうにしているリーズを、何故かエリザは慰める。
 少し説教をしようかと思っていたのだが、残念そうにしているリーズを見ていると逆に慰めたくなってしまった。
 エリザは、不思議な気分だった。
 昼間、太陽の下で、『普通に』人と話しているのだ。
 人間を見下ろし、失礼にならないよう、傷つけないように気遣いながらではない。むしろ見上げるようにして話をしているのだ。
 こんなの、随分と久しぶりだ。
 別に、今の自分は巨人でも何でもない、普通の人間なのではと錯覚すらしてしまうが、それでも、高さ10メートルほどの針葉樹の森は、可愛らしく足元に広がっている。
 でも…楽しいな、こういうの。
 エリザは、屈みこんでいても自分よりも少し大きな妖精を見上げて微笑む。
 何とも言えない、良い気分だ。
 いつの間にか、リーズに対する警戒心が溶かされていく事に気づかない。
 『あ、いつまでも大きな身体でごめんね。
  エリザさんと同じ位になるね』
 こんな風にエリザを見下ろす格好じゃいけないと思ったリーズは、彼女と同じ位の大きさになろうとしたが、エリザは満面の笑みで首を振った。
 『うふふ、いいですよ。
  私が大きくなりますから』
 今の2倍の大きさ、人間の80倍程の大きさなら、何の問題も無い。リーズに小さくなってもらう位なら、こっちが大きくなろう。
 『え、そんな事出来るの?
  見たいよ!』
 リーズの心に微笑みで答えて、エリザは意識を集中した。
 目の前に居る巨大な妖精。
 その姿に合わせるように大きくなった自分の姿をイメージする。
 『う、うわ、何それ?
  魔法じゃないの??どうやって大きくなってるの?』
 自分とは違うやり方で大きな姿になるエリザに、リーズは驚いた。
 『何なんでしょうね? まあ、色々ありまして…』
 すぐに、エリザはリーズと同じ位の大きさになった。
 この大きさになると、エリザの膝よりも高い木は無くなってしまう。
 『リーズ、あなたは、どこから何の為に来たのですか?
  失礼なんですけど、まだ、あなたが異世界から来た悪魔なのではないかと、少しだけ思ってしまうんです』
 『異世界の悪魔かー…えへへ、間違ってないかもね』
 寂しそうなリーズの笑顔と心を感じる。
 …なんて寂しそうな顔をするんだろう?
 街ではしゃいでいる様子といい、こうして寂しそうな顔といい。
 …まるで子供みたい。
 エリザは、リーズが可愛くて、彼女の手を握った。
 異世界の住人で、人間とは違う生き物のようだが、その手と心には温かさがある。
 リーズは、ぽつりぽつりと、エリザに心を送る。
 『あたし、お友達と出かけてたんだけどね、お友達が迷子になっちゃったの…
  ここじゃなくて、別の所にいくつもりだったんだけど…』
 『お友達…ですか。
  お友達も、リーズみたいに大きいんですか?』
 それなら、すぐにでも見つかりそうだ。
 『んーん、グランゼルさん達と同じ位かな。ちっちゃくて可愛い子なの』
 遠くを見るようなリーズの目。
 『ファフニーが見つけやすいように大きくなってたんだけど、なかなか見つけてくれないんだよねー…』
 相変わらずリーズは言葉が足りないが、ファフニーというのが、彼女の友達の名前なのだろう。
 話を始めると、段々とリーズの心は調子が落ちていく。
 エリザは、泣きそうにしている妖精を抱きしめた。温かいが細い、妖精の身体を感じる。少し羨ましい。
 『随分騒ぎになりましたから、お友達も、すぐに気づきますよ』  
 優しく、諭すように心を送る。
 多分、数日中には、巨人の魔女が現れた噂は国中に広まる事だろう。
 これは、思っていたほどに大した問題では無いのだ。
 よくある話である。異世界からやってきた妖精が一人、迷子になってしまい、街にさ迷い出ただけの話ではないか…
 『リーズ、お友達が見つかるまで、私の所に居るといいですよ…』
 迷子を保護するのは、人として当然の事。エリザは優しく妖精を抱き続ける。
 『えへへ、エリザさん、優しいね』
 リーズはエリザの胸にうずもれて、甘えた。
 『あーあ、羨ましいな…
  エリザさん、おっぱい大きいね…』
 羨ましくて、エリザの衣装越しに、彼女の胸に手を伸ばしてみる。
 エリザの胸のふくらみが大きいというより、リーズの胸のふくらみが小さいのだが、それでもリーズはコンプレックスを感じてしまう。
 『こら、くすぐったいですよ、リーズ…』
 白昼堂々と野外で胸を揉まれている。
 相手が男の子だったら、さすがのエリザでも怒る場面だ。
 もっとも、白昼堂々とエリザの胸を揉める男の子が、この世に居るのかは別問題である。
 ただ、こんな幼い妖精にやられっ放しというのも、少しみっともない。
 『リーズも、もうちょっと大きくなった方が、男の子に喜ばれるかもしれないですよ。
  探してる友達、男の子なんでしょ?』
 言いながら、リーズの胸に手を触れて、撫で返した。
 『わ、エリザさんこそ、くすぐったいよ!』
 リーズの胸は小さいとはいえ、身長が120メートルもある巨人の胸だ。
 人間の男の子がちょっと触った位では気づきもしないような、巨大な胸のふくらみだが、同じような大きさの巨人の手で撫でられると、気持ちよさを感じてしまう。
 『…うん、ファフニーは男の子だよ?
  ちっちゃいけど』
 エリザの手を振りほどくようにしながら、リーズは答える。妖精の細い体は力ではエリザには敵わないようで、なかなかエリザの手から逃れられない。
 そうして、巨人達は少しの間戯れた。
 大地を見下ろす大きさの治癒術師と魔女は、この大きさになっている時に、自分の身体を受け止めてくれる相手と会う機会など、珍しかった。
 嬉しくて、少しだけ、はめを外した。
 『リーズは、まだ大きくなれるんですか?』
 『うん、なれるよ?』
 お互いの手を握り合い、心で、ささやき合う。
 『じゃあ、せっかくだし、一緒に大きくなってみませんか?』
 『あはは、面白そうだね!』
 二人で居るという事が、一人で居る事と違うという事をエリザは実感した。二人で一緒に、やってみたいと思った。
 リーズの体は、薄い光を放つ。
 エリザは目の前の妖精に合わせる様に、どこまでも無限に大きくなる自分の姿をイメージする。
 力に限りは無いのではないかと、錯覚すらしてしまう。
 少しづつ、自分の身体が大きくなるのがわかる。足元を見れば地面は段々離れていくし、景色は小さくなっていく。
 だが、目の前にいる妖精の姿、幼い笑顔の大きさは変わらないのだ。
 まるで、自分たちだけがそのままで、世界だけが小さくなっていくような感覚だ。
 心が高鳴っていくのを感じる。
 このまま、山よりも大きくなって二人で歩き回れば、小さな世界は大変な事になってしまうだろうな…
 雲に隠れて体が見えない、治癒術師と魔女。
 そんな二人が穏やかに微笑みながら、街を踏みにじる地獄絵図を、エリザは思い浮かべてしまう。
 『えへへ、二人でさっきの街でも踏み潰しに行きたいの?』
 『もう…冗談でも、そんな事言わないで下さい』
 妖精のささやき…悪魔のささやきは、エリザをぞっとさせた。
 伝える気は無かったのだが、思い浮かべたイメージがリーズに伝わってしまったらしい。
 『たまに変な事を考えてもね、いいんだよ?
  考えるのは自由なの。たくさん考えた事の中からね、選び間違えなければいいの。
  …て、前に教えてもらった事、そのままなんだけどね』
 リーズはエリザを握る手に力を込める。
 『エリザさん、優しいもんね。
  絶対…間違えないよね?』
 何故か、リーズの心に悲しさを感じたので、エリザは、もう一度、彼女を抱きしめてしまった。
 それこそ、小さな村を丸ごと抱き潰してしまうような力を込めて、妖精を抱きしめた。
 ゆっくりと調子を合わせて、しばらく大きくなり続けた二人は、300メートル程の大きさになった所で、ひとまず大きくなるのを止めた。
 『ごめんね、まだ大丈夫だと思うんだけど、あんまり無理して大きくなると、あたし死んじゃうかもしれないの…』
 『い、いえ、こんな事で命を賭けられても困りますから』
 エリザは首を振るが、それでも、すでに靴の踵よりも低くなった森が、どこまでも広がっていた。
 一人で見下ろすしかなかった寂しい景色も、二人で見るなら、それが普通の景色だとも思えてしまう。
 『じゃあ、一度、さっきの街の人に挨拶に行きましょうか。
  リーズの事は、上手く謝っておいてあげますね』
 リーズはエリザのいう事に逆らわない。
 治癒術師と魔女は、仲良く手を取り合った。
 まずは、この迷子の妖精が人々に害を為す存在ではない事をみんなに伝えなくてはならない。
 ずしん…
 ずしん…
 地面に響く巨人の優しい足音は二つ。
 それは針葉樹の森を離れて、人間達の小さな街へと向かっていった…
 
 (一応、完)



( ̄_ ̄)ノ あ ( ̄_ ̄)ノ と ( ̄_ ̄)ノ が ( ̄_ ̄)ノ き


(⌒∇⌒) ノ 勝手にエリザとリーズを対決させてみました…

本当は、もう少し長くなるはずだったのですが、異常に長くなってしまったので、一区切りにしました…

エリザが自分のような巨人を見た時の反応を勝手に書いてみたいなーと思ったのですが、いかがでしたでしょうか…

もちろん、この話は単なる2次創作なので、『全てを癒す者』本編には何の関係も無い事を、重ね重ね申し上げておきます。

( ̄_ ̄)ノ 以上、あとがきでした。


( ̄_ ̄)ノ お ( ̄_ ̄)ノ し ( ̄_ ̄)ノ ま ( ̄_ ̄)ノ い


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