総てを癒すもの・外伝
作者:ルーパー
更新:2005-08-27
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中夏月。
一日ぶりに見る空には、新鮮なミルクのように真っ白い雲と突き抜けそうなほど青い空があった。爽やかに輝く太陽ひとつ。
猫背になったように見える木々。うるんだ空気。重さに頭を垂れる草花についた朝露が陽の光を浴びて光る。
1日続いた暴風雨が止んだ日の昼。
「リドミトルゼマヲイロキトオア村、ですか?」
領主グランゼルの屋敷、領主の間。唐突にそこへ呼び出された治癒術師、エリザがいった。陽光に応じて巨大化する体質を持った彼女だが、屋内のためその体躯は2メートルに届くかどうかという程度の大きさに収まっている。
それでも相当に大きいのは確かだが。楽に天井へ手がつくだろう。
「いや、リドミトルセマヲロイキトオア村だ」
グランゼルがエリザの言葉に、立てた指を一文字ごとに振りながらゆっくり発音して答えた。それをうなずきながら聞いていたエリザが一拍間をおいて、
「……リドミトルズマヲロイキトオア村?」
「いえ、リドミトルセマヲロイキトオア村です」
グランゼルの後ろに控えていた執事ウォーゼンが表情を変えずにいった。
「…………リドミトルセマヲロイキトオア村?」
「正解」
グランゼルとウォーゼンはそろって拍手。おめでとうといわんばかりに一歩前に出たグランゼルはエリザの手になにか握らせる。
紙だった。なにか文字が書いていた。それをエリザは無意識に、声には出さず読む。
『リドミトルセマヲロイキトオア村』
「…………」
これはなんの嫌がらせだろうとエリザは思う。なにか大事な人が変わったとしか思えないけどそんなことあるはずが……
「それで、そのリドミトルセマヲロイキトオア村がどうしたんですか?」
気を取り直してエリザがいった。
「長いしリドミトル村でいい」
グランゼルはいい切った。続いて壁にかかった地図の前まで歩くグランゼル。
「リドミトル村は領の端にある村なんだが」
地図に示される自領の南端を指差した。確かにリドミトルセマヲロイキトオア村と書いてある。
「しかし」
グランゼルの指先がリドミトル村からその近くにある村までの間を往復し、
「唯一村につながる道が土砂崩れで使えなくなっているという知らせが先刻あった」
執務用の机上に、かるたみたいに散らばり重なる無数の書類を横目で眺めながらグランゼルがいう。
暴風雨によってもたらされた被害をまとめるのに、今日の領主の館は朝から大忙しだったのはエリザも知っている。いまも部屋の外からはドア越しに喧騒が聞こえてくる。
かくいう自分も暴風雨の来る前は率先して土嚢を(ほとんど一人で)積んで回ったり果樹園の(全体にまとめて)カバーかけをしたりと働いたし、今日は朝からその後片付けを手伝っていた。
増水した川から指一本で支流を作り、辺りを夜にしたいのかとさえ思われる大きさの布をテーブルクロス感覚で果樹園にかけるその姿は大変頼もしかったと人はいう。
労働の喜びを感じつつ、額をぬぐいながら治癒術師の仕事とはなんなのかを考えていた時、エリザはグランゼルの館まで呼び出された。
「そういうわけでエリザ、君にはリドミトル村まで行って、今回の暴風雨でどの程度の被害があったのかを調べてきて欲しい」
嫌ではなかったが、選択肢も出なかった。
陽を浴び、60メートルの身長にまで大きくなったエリザはリドミトル村へ向かって歩いていた。土砂崩れがあったというリドミトル村への道は、あくまで道であって最短距離ではない。
山を迂回するようにして伸びる道を迂回して、エリザは山越えをしていた。この山を越えればリドミトル村のはずである。
「うわー、スッゲ、スッゲー!」
エリザの肩に乗った少年が下に広がる景色を見ながらいった。さっきからこの調子で、少しも落ち着くということがない。
鳶が輪をかくよりも高い場所からの眺め。木々はエリザの膝までの高さしかなく、後ろを見れば視界の邪魔をするものはなく山の裾野に広がる景観を眺めることができた。
少年の名前はコリン。外見から判断すると10代の半ばというところ。リドミトル村から使いにいった先の村で暴風雨に遭い、一泊したところで土砂崩れがおこり村に帰る手段がなくなって立ち往生しているところにエリザが通りかかった。
「こらコリン、あんまりはしゃぐと落ちちゃうからあんまり動かないの」
エリザは少しだけ強い口調で村への同行者、コリンにいった。
「だいじょぶだいじょぶ。俺、村では一番身軽なんだぜ。よっと」
いいながらエリザの肩の上で逆立ちするコリン。思わず息をのむエリザ。
「こ、こらっ」
「平気平気ぃ」
コリンは逆立ちしたままエリザの肩を歩き始める。こういうことははじめが肝心だとエリザは思う。
まだ逆立ちしていたコリンの身体を、背中から指で押すエリザ。なるべく軽く。
「ワッ、ワッ!?」
ひとたまりもなく体勢を崩したコリンはそのままエリザの肩から転がりおち、地上50メートルの高さから地上へ落ちていく途中でエリザの手の平にキャッチされた。
自分を簡単に握り締められる大きさの手の平の中へ転がり落ち目をぱちくりさせるコリンと、それを上から見るエリザの視線があった。
見上げた視界から、自分はエリザの胸の高さにいるとコリンが認識する。
少しの間を空けて、きまりが悪そうにコリンが笑った。
「ご、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
どこかもったいつけたお姉さんのような口調でエリザがいった。
その後はなにごともなく、あっという間に山の中腹までエリザは登った。コリンは相変わらず周りを見渡しながらスゲースゲーを連発していたが、エリザの『忠告』を受けて首から下はあまり動かさず固定しているのを見るたび、エリザは微笑ましい気分になった。
いま、エリザの前には崖がそびえ立っている。上端はエリザの頭頂までもあり、左右を見ても端がどこにあるものか見当もつかない。
「どうするんだよ、エリザ姉ちゃん」
いつの間にかコリンはエリザのことをエリザ姉ちゃんと呼んでいた。なぜかそれに違和感がなく、エリザもその呼ばれ方を受け入れていた。訊かれたエリザはあごに手を当て少しだけ考え、
「コリンは先に登っててもらえる?」
こういい、肩に乗っているコリンの前に手を広げた。
「え? で、でも……」
「大丈夫だから」
確信に満ちたエリザの声に促され、コリンは手の平に乗った。コリンを載せたエリザの手は崖の上へと伸びる。
「それじゃあ降りてもらえる?」
促され、自分の足の長さよりも厚そうな厚みの手の平から降りると崖の端までかけより、エリザを見るコリン。彼は巨大な治癒術師を見下ろした数少ない人間になった。
崖の下からエリザがいう。
「大丈夫だからできるだけ奥にさがっててー」
疑問に思いつつも、いわれた通り後ろへさがるコリン。エリザのいうことを素直に聞く自分がどこかおもしろかった。
エリザ姉ちゃんはどうするつもりだろうといまコリンは考えている。身体は大きいけどどこかトロそうなエリザが、自分の身長ほどもある崖を乗り越えられるとは思えないと考えている。
「…………」
しばらく考えても、それ以上コリンにはなにも思いつかなかった。エリザの身体が更に大きく、そう、まさに天を衝くようなサイズにまで大きくなることなんてまったく思いつかなかった。
コリンを崖の上に降ろし、なるべく奥へさがるように促したあと、エリザは念想をはじめた。目の前の崖をまたげるような大きさになっている自分をイメージする。
コリンを肩の上に乗せたままこれ以上大きくなっては、なにかの拍子に、いまでさえほとんど重さを感じることができないコリンが身体から転げ落ちないとも限らない。
目の前の崖をまたげるほど大きくなれば、ここから山向こうのリドミトル村が見えるかもしれないとぼんやりエリザは思う。そんなことを思っている間にもその身体はみるみる大きくなっていく。
身長60メートル時の胴体よりも大きくなりつつある片足の大きさ。木々の高さが膝からすね、すねからくるぶしへと水位が下がるみたいにくだっていく。なびくスカートの裾が、多くの木に覆いかぶさった。
高くなっていく視界はすでに山の頂上より上にある。山向こうにはリドミトル村とおぼしき、柵に囲まれた平地に建物が集まっているのが見えた。
240メートル。現在エリザの身長はその最大サイズに達していた。
視線を下に向けると、コリンが腰を抜かしていた。
コリンから見れば、崖の上からとはいえさっきまで見下ろしていたエリザの頭がいまは100メートルとその半分も上に在り、正面にはエリザの片膝が大きく広がっている状態になる。
先刻までの60メートルに対し4倍の大きさ、64倍の体積というそのスケールの存在感はそれまでの比ではなく、神々しくさえもある。
見上げると首が痛くなるような場所にあるエリザの顔は、そんな自分をどこかはにかんでいるような表情を見せていたのがコリンにとっては印象的だった。
(もうちょっと、奥にさがって)
唐突にコリンの頭の中にエリザの心の声が響く。この大きさで普通に話しては、発せられた声は衝撃波じみた被害を与えることになることからの配慮だった。
(りょ、了解)
エリザから視線を外さず、コリンが相互の距離をあけていく。離れていくほど、エリザの遠近法が狂っているような大きさがよく分かった。どんなに離れても手を伸ばせば届きそうな錯覚に襲われる。
コリンが十分自分から離れたのを確認すると、エリザはおもむろに、スカートの裾をやや気にしながら片足をあげた。あげられた靴裏は巨大な影を地面に投げかけたあと、ゆっくりと下降し接地する。街を囲む城壁の高さほども靴が地面に沈み込んだ。
階段を登るような動作で、もう一方の足もそれに続いた。振動。エリザは60メートルの崖をあっさりと乗り越えてしまった。
呆然とするコリンの前で、エリザの身体は再び小さくなりはじめていく。
「ンモー」
肩ごしに牛のような声がしたので、立ち尽くしていたコリンが振り向くと、まさか牛がいた。
「ンモー」
牛はコリンに頭を擦りつけてくる。そのたびに首につけられた鈴が鳴る。コリンは、この牛のこの毛皮の柄には見覚えがあった。
「おまえ、花子か?」
「ンモォン」
牛が頷いた。
「きっとエリザ姉ちゃんに驚いて出てきたんだな」
60メートルまで縮んだエリザの手の平に乗ったコリンがいった。少しだけ頬を膨らませるエリザ。
「驚いてって……でもなんでこんなところまで?」
「多分風と雨が怖くて小屋を飛び出してきたんだろうなあ。花子は臆病だから」
「モーォ」
エリザの手の平の上、コリンの隣には乳牛・花子が乗っている。コリンに聞いたところ、リドミトル村で飼育されている牛の一頭だという。
「それじゃあ見つかってよかった。村の人も心配しているだろうし」
「おぉ、エリザ姉ちゃんきっと感謝されるよ」
村から逃げてきた牛がいるということはもう村からそんなに離れてはいないのだろうとエリザは思った。
それを証明するように、そのあとコリンとエリザが話している間に山の下り斜面は緩やかになっていき、すぐに一行は平原に出た。遠くに、240メートルにまで大きくなったときに見た集落があるのが分かる。指の間から村を見た花子が鳴いた。
「モォニング」
「花子ー!」
「ンモ――ン!」
オーバーオールに麦わら帽子をかぶったおじさんが鋤を放り出して駆け出し、花子も勢いよく土を蹴りながら走り出す。
みるみる距離が詰まり、おじさんと花子が正面からガシーンと抱きしめあった。互いに感極まった声をあげる。
村にはまずコリンが行って事情を説明したため、大きな面倒もなくエリザは村に近づくことができた。
ただ、エリザの足元、村の入り口で繰り広げられている再会シーンに呆気をとられて村には入ることができずにいた。なぜか無視できない。
「えー、あのー」
「花子ぉ、おれぁおめが『あぶだくしょん』されたんじゃねえかと心配で心配でよぉ」
「ンモーン、ンモーン」
エリザは控えめに声をかけるが、一人と一匹は聞く耳もたない。花子とおじさんの再会シーンはまだまだ続いた。
『おぉ、エリザ姉ちゃんきっと感謝されるさ』
「…………」
――いや、そりゃあ……
感謝されたくてやったわけでは断じてない。けどどうしてここまで自分が放置されなくてはいけないのだろうとエリザは思う。
それからさらに深呼吸を十するほどの間があいて、
「いやいや、この度は家の花子を見つけた上に連れてきてもらったようでほんにありがたいこってす」
おじさんが花子にも手でお辞儀させつつ感謝の意を表した。
後ろから光でもさしたみたいに、パァァッとエリザの表情が輝く。
「遅くなって悪い。エリザ姉ちゃん、村長連れてきたぜ。遠慮なく村に入ってればいいのに」
老人を後ろに連れたコリンが、村の入り口までやってきていた。
「これはこれはようこそおいでなさった」
コリンの後ろについてきていた老人、村長がいった。
「さ、まずは村に入りなされ」
リドミトル村中央に設けられた広場にエリザは通された。今は座っている。
「噂には聞いておったが、思っていた以上にデッカいのう」
エリザを見上げながら村長がいった。
どうやら自分はすでに噂から想像されているよりも大きいらしい。更に大きくなれることは殊更にいわなくてもいいだろうとエリザは思った。照れ笑いで応対する。
「では、本当に足りないものはないんですね? すぐに持ってきますけど……」
「おお、このリドミトル……なんじゃっけ」
ふところから紙を出す村長。
「リドミトルセマヲロイキトオア村は、自給自足できることが誇りなんじゃよ。このくらいの被害なんてなんでもないわい」
いいながら村長は辺りを見回した。暴風雨での被害を受けたとおぼしき箇所の修復は確かにそのほとんどが終わっている。
「では、怪我をした人もいないんですね? 私は治癒術師です。治してさしあげれると思うんですけど」
「ケガ人か……ふむふむなるほど、調べてみよう。治してもらえるならありがたいわい」
「お願いします」
「すぐに人を遣ろう。しばらく待てば向こうの建物に治療を必要なものが集まるはずじゃ」
村長は杖で右手奥をさした。気持ち大きめの平屋が建っている。生活している痕跡がなく、集会などの行事に使う建物だろうということが外観から見てとれた。
「ありがとうございます」
「なんのなんの。礼をいうのはこっちじゃよ」
集められたケガ人にも重傷者はなく、せいぜいが打ち身切り傷の類だった。しかし、浅い傷にしろ難なく次々に傷を治していくエリザに村人は驚いていた。
「もう大丈夫ですか? まだ治療が必要なかたはいませんか?」
問いかけに応じる声はない。どうやら自分の仕事は終わってしまったらしい。
――これからどうしよう?
エリザは自問自答する。まだ陽は高い。できれば、まだなにかしていきたかった。
建物の修理を手伝うにしても、おおよそのところは終わってしまっており、残ったこまごました部分は自分では手伝えそうにない。もっと早くに来ていればなにかできたかも知れないが……
「ん?」
民家から顔半分を出している子供と目があった。エリザと目があったことに気付いた子供はすぐに顔を引っ込める。
家の影でなにかごちゃごちゃひとしきり言い合ってるのが聞こえてきたあと、
「あれ、コリン?」
コリンが出てきた。それに続いて五人の子供がわさわさ鈴なりになって出てくる。
「こいつらにエリザ姉ちゃんの話してやったらさ、どうしても本物見たいっていうから連れてきたんだけどここまできて尻ごみしてさ」
コリンに続いて出てきた子供たちは、みんなコリンより一回り二回り年下に見えた。コリンの背中に隠れるようにして、座っているエリザを見上げている。コリンが子供たちに頼られているのが伝わってきた。
「信用あるんだね」
和やかにエリザがいった。慌ててコリンが否定する。
「そ、そんなんじゃないって。こいつらが勝手に……」
「頼られてるんでしょ?」
「ま、まぁ……そりゃあ、」
微笑しながら続けていうエリザ。コリンは頭を掻いた。
「…………」
自分たちが頼りにしているコリンが親しげに接していることと、エリザの柔和な対応に警戒心を解いたのか、コリンの後ろから少年がもそもそ前に出てくる。
さっき目があった少年だった。
「こんにちわ」
エリザが微笑みかける。
「コ、コンニチワ」
少年がまだまだ堅い口調で応じる。エリザは手の平を風を起こさないような速さで動かし、少年の前に差し出した。
「一緒に遊ぼうか?」
村で一番大きい建物より大きい身体をした治癒術師の柔らかい提案に、挨拶をした少年とまだコリンの後ろに控えていた子供たちの顔が輝く。
「な、だから大丈夫っていったろ?」コリンが胸を張った。
その大仰な動きと発音にエリザが軽く笑った。
「フフ」
「あー、エリザ姉ちゃんなに笑ってんだよ! 傷つくなあ」
そのやりとりにつられて子供たちも笑い出す。その場に緊張は残っていなかった。和やかな空気の中、エリザが優しく問いかける。
「じゃあなにして遊ぼっか。お姉さんはなんでもいいよ」
子供たちがスクラム組んで相談をはじめる。笑顔のまま相談が終わるのを待つエリザ。こうしていると太陽の日差しが気持ちいい。
子供たちが作ったスクラムから少し離れ、コリンはエリザを見上げていた。見ようと思っていたわけではないのに。
スクラムが解かれる。満を持して、真ん中に立つ少年の口が開かれる。
「かくれんぼがしたい!」
「エ゛」
エリザの表情が固まる。夏の空気を切り裂くように、冷たい風が吹いた。
エリザは最弱かくれんぼ戦士の称号を得ていた。鬼のカウントダウン終了後数秒で索敵に引っかかり、現在は捕虜としてその身を拘束されている。
膝を抱えながらうつむくエリザ。まさかかくれんぼとはまったく予想していなかった。
「悪気はないんだよあいつらも」
捕虜2号、コリンが苦笑いしながらエリザに話しかける。いまのところ他に捕虜はいない。年長組の威厳はボロボロだった。エリザの顔がコリンに向く。
「大丈夫。分かってるから……そういえばあの子たちってコリンの兄弟なの?」
「ん? ああいや、違うよ。でも、この村だとあのチビどもに一番年が近いの俺だし。やっぱそういう時って面倒見なきゃいけないだろ?」
「年が近いって、精神年齢?」
エリザが口元を手で隠し、笑いながらいう。
「ひっでー! エリザ姉ちゃんひっでー!」
「冗談冗談。でもコリンは立派だと思うよ。みんなコリンを頼ってるのが見ただけで分かったから」
「あー、まあ……そりゃどうも」
コリンはエリザから目をそらし頬を掻く。早くに見つかっておいてよかったと思っていた。
捕虜同士の和やかな会話はここで中断された。
家の影から走ってきた少女がコリンとエリザの間に立ち、キッとエリザを睨みつける。さっき、最後までコリンの後ろに控えていた少女だった。
「オ、オイエミリー、なにを」
「コリンお兄ちゃんは黙ってて!」
少女は両手を広げ、コリンを守るようにしてエリザと応対する。目の中には炎が青く燃え盛っていた。
エリザはしばらく少女を見て、微笑した。
「フフ、コリンってば大人気なんだ。大丈夫、貴方のお兄ちゃんをどこかに連れていったりしないから」
「嫁入りねらいか――!」
少女が手をぶんぶん廻しながら絶叫する。
「おいエミリー、やめろって、ば!」
コリンが後ろから少女――エミリーの口をおさえる。
「モガ――!」
ふさがれた口でくぐもった叫びをあげるエミリー。数秒後、自分をおさえているのが誰なのかを認識してとても安らかな顔になった。
「まったくこいつってばなにいってんだかねえ、エリザ姉ちゃん?」
「フフ、本当にわかってないの?」
「わかってないのは 」
エリザ姉ちゃんもだろという声が出る前に、
「エミリー見つけたー。あと3人ー」
元気一杯に道を走ってきたかくれんぼの鬼、マルコが叫んだ。
第二戦は捕虜1号のエリザが鬼になった。座ったまま五十まで数えたエリザが目を開けると、逃げもせず、膝のところにエミリーが立っている。
エミリーはエリザの眉間を射抜くように指差し、
「渡さないんだから!」
強い口調で叫んだ。
「エミリーみーつけた」
エミリーが摘ままれる。エリザに。
「ムォ――!」
空中でジタバタするエミリーを脚を隠す布地に落とし、エリザは残ったメンバーを捜し始める。
最弱のかくれんぼ戦士は史上最強の索敵手だった。
「マルコみっけ」
数十メートルの高さから、
「セーラみつけた」
村のいたるところを見渡し、
「ロミオもみっけ。こら、見つかってから逃げるんじゃないの」
またたく間に捕虜の数を増やしていく。
でも第三戦では再び捕虜1号だった。
第三戦、まずエリザが見つかったあと捕虜2号にコリンが連行されてくる。今回の鬼、いつの間にか乳牛・花子にまたがっていたエミリーは捕虜のいる場所からあまり動こうとせず、かくれんぼはなかなか進まない。
花子が鳴いた。
薄暗くなってきたころ、エリザはようやくグランゼルの屋敷に帰ってきていた。
「思ったより長くかかったな」
「色々ありまして……」
子供たちと遊んでいたとはいいにくく、照れ照れしながらエリザが答える。
「それで、被害はどうだった?」
「はい。リドミトルゼマヲイロキトオア村の被害は」
「リドミトルセマヲロイキトオア村」
「……リドミトルセマヲロイキトオア村の暴風雨による被害はたいしたことありませんでしたよ。村長さんもグランゼル様によろしくと」
エリザがいったことを羽ペンで書類に書きとめたグランゼルが顔をあげる。
「それはよかった。ところでなにかいいことでもあったのか?」
「ええ、今日は楽しい一日でしたから」
ホクホクした顔でエリザはいったのだった。
好き勝手やって終わり。
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