-ご注意!-
1.本作には百合・レズ要素が含まれています。苦手な方はご注意ください。
2.マジックアカデミーにおける世界線は、弊作の過去作とは全く違います。従って瘴気を払うために街を云々とやらは全く関係しません。
3.両者とも普段よりキャラ崩壊が濃いめです。それでも良いという方は、どうぞご覧ください。


エリザさんとマヤ
【あらすじ】コラボ(?)短編です。エリザさんとマヤが二人きりで秘密の……

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 こんにちは、私はマジックアカデミーで賢者の修業をしているマヤよ。これからどうぞよろしく。
 私が通っているマジックアカデミーは暁の賢者を養成することを目的としていて、私たちは日々その鍛錬に勤しんでいるわ。
 私たちが討伐するモンスターは瘴気をはらんでいて、その瘴気はクイズという形になって現れ、それを解いていくことでマナが手に入るの。
 それを蓄えてから、魔法の詠唱を唱えてモンスターをやっつけるってわけ。
 賢者になるためには学問の知識と魔法の知識の両方が必要不可欠だから、基礎学問と魔法の理論を座学で学んで、魔法の使い方を体で覚えるための実技演習を毎日のように繰り返すの。
 マジックアカデミーはこの世界で数少ない魔法学校の中でも、ほぼその頂点に位置している学校で、入学試験でも魔法が使える能力があるか試されるほどのこともあって授業で扱うレベルはかなり高いと思うわ。
 マジックアカデミーは昔は空に浮かんでいたとの話もあるけれど、私が入学してきた頃には既にアカデミーは地上に造られていたわ。
 今まで通っていた学校とはまるで世界が違うような、とても豪華な校舎や庭園が広がっていて、図書館も蔵書背が届かない場所にまで堆く伸びていて、勉強するには素晴らしい場所なのよ。
 そこまでしてお金を掛ける理由は、やっぱりこのマジックアカデミーが魔法学界における最高学府という権威を示すためなのかもしれないわね。
 賢者の養成という喫緊の宿命を背負ったこの学園には、それ相応の設備や学べる環境を準備しておく必要があるってこと。
 
 そうそう、そういえば最近マジックアカデミーでは、今年から新しいカリキュラムを追加するみたいなの。
 それが、初歩的な魔法による治癒治療術。
 得体の知らないモンスターと戦うことは、いくら知識と魔術を習熟した熟練生徒であってもリスクを負うものであって、時には目を覆いたくなってしまう程の傷を負った生徒も見たわ。
 これまでも看護学科の生徒たちが傷の手当等の対応はしてくれていたけれど、最近モンスターの獰猛化が激しくなってきたという話もあって、ついにアカデミーの生徒だけでは治療が追いつかなくなってしまったってわけ。
 そこでアカデミーから発表されたのが、魔法学科生徒の有志による治癒術の会得。
 その講師が、なんでも異世界から来たと言う治癒術師のエリザ先生。
 黒く長い髪を腰まで伸ばしていて、いつも優しそうな表情で授業をしてくれるわ。まるで皆のお姉さんみたいな存在なのよ。
 そう、お姉さんと言ったけれど、私と先生の年齢はそんなに離れてないみたい。先生が言うには年齢は20歳前後とかいう話よ。
 先生にしては若すぎるって思うかもしれないけど、マジックアカデミーは結構飛び級入学も認めているし、実力があれば年齢とかはあまり関係ないのかもしれないわね。
 もっとも、昼間はエリザ先生が"大きすぎて"授業にならないらしいから、授業は生徒がほとんどいない夜に行われるわ。
 まぁ、通常課程のカリキュラムに含まれていない科目だから、授業外に講義をすることも理にかなっているのかしら。
 それで私はこの治癒術に興味を惹かれて、週一回はアカデミーに残って勉強しているってわけ。
 …それにしても、「エリザ先生」って、誰かと似てる名前よね……。
 

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「はい、では今日の授業はここまでです。皆さん、きちんと復習をしておいて下さいね」

 90分間の補習が終わり、担当講師であるエリザが右手に持っていたチョークを措いた。
 その言葉とともに教場に張り詰めていた緊張がぽつりとほどけるように解かれ、残っていた生徒たちは次第に手持ち用具をバッグの中へ詰め込み始める。
 冬は闇夜を迎える刻も足を急がせ、補習のない生徒が帰り出す頃にも既に昼間の灯りはその半分以上を失っている。
 普段ならば陽の光が燦々と差し込む大きな窓の外には、夜のこの時間ではいかにも寒そうな黒の闇間が広がっているだけだ。
 次第に生徒が語らい合う話し声が湧き始めてきた。
 一人でさっさと家路につく生徒もいれば、友達同士でまだしばらく駄弁っている生徒もいる。
 この補習には、本気で治癒魔法のイロハを身につけようと奮起する生徒もいれば、ただ物珍しさから何となく受けてみようとする者まで、受講理由は様々であった。
 中でも、人一倍生真面目な性格を持っていたマヤは、少なくとも後者の人間よりは良い成績を取ろうと奮起しているのであった。

 マヤも早く帰ろうと、仕度を整えて席を立つ。すると、エリザがマヤのところまで歩み寄ってきて、ふと声を掛けた。
 
「マヤさん、少しよろしいですか?」

 エリザが鼻上に浮かばせた蒼眼を覗かせながら優しく問いかける。
 どこまでも深く続くターコイズブルーの瞳は、落ち着いた大人びた様相を含みながら、どこか幼気なとろんとした丸みを呈している。
 
「ええ、何でしょうか?」
「ちょっとお話ししたいことがあるの。この後、大丈夫かしら?」

 マヤは手提げ鞄の紐を右手で持ち上げながら、軽く頷いた。
 
「分かりました。私も明日は特に用事もありませんので、ご一緒させていただきます」
「ありがとうございます。この教室はもう締め切られてしまうみたいなので、私の家まで案内させて頂きますね」
「え?先生の家って、そんな、私が押しかけてしまって大丈夫なんですか?」
「心配しないで、大丈夫よ。実はもう担当教師の先生から許可は貰っているの。後は貴方の返事次第だったんだけれど、良いお返事を頂けて嬉しいわ」

 快諾を聞いたエリザの顔は、やや綻んだように見えた。
 マヤ自身も、臨時とはいえアカデミーの師であるエリザから誘われるとも思っておらず、内心驚いていた。
 放課後、先生から呼び出されて、2人きり。
 しかも先生の部屋に案内されるだというのだから、何かしら込み入った話があるということは、大体の予測がついていた。
 
「分かりました。よろしくお願いします」

 エリザとマヤの2人は連れ立って教室の外へ出て、煌々と灯されていた教場の灯りのスイッチを切った。

 帰るまでにまだ庶務が残っていたので、エリザはマヤに職員室の入口で待つように伝えた。
 マヤはすっかり人気のなくなった薄暗い廊下を行ったり来たりしながら、今日までのことを振り返ってみる。
 先程まではエリザと特別な時間を過ごすことが出来る嬉しさから心が躍っていたが、いざその時が近づくとなると、どうにも不安の方が膨らんでくるのだ。
 もしかしたら呼び出されたのは、自分の成績が思った以上に悪くて、それを咎めるためかもしれない。
 マヤと接していた時こそ、何のことのない微笑みを浮かべていたが、エリザは本気で怒る直前まで、表情の一つさえ変えないのだ。
 実は、授業中にエリザが一度だけもの凄い剣幕で生徒を叱ったことがあった。
 その生徒が何をやったのかまでは見ていなかったが、とにかくエリザから飛び放たれていた罵詈雑言が印象に強く残っている。
 その後、その生徒は教場から出て行ってしまって、その日以降二度と補習に参加することはなくなってしまった。
 生徒が出て行った後の、エリザが見せたケロっとした表情も未だに覚えている。
 人は、あそこまで激しく豹変できるものなのかと。
 とにかくあの先生を怒らせてはいけないということだけは分かった。
 ただ、そのために何か行動するということもなく、普通に授業を受けて、試験でそこそこの成績を取れば何も言われることは無いだろう。
 たとえ試験の成績が悪かったからといって、それだけで叱られることもないはずだ。
 だとすれば、一体今日はどんな理由で呼び出されたのだろうか……。
 マヤに思いつく限りの心当たりはなかった。
 いくら考えても、その答えは導き出されない。
 結局どんな理由にしたって、エリザの家の玄関をくぐればすぐその答えは見えてくるはずだ。

「お待たせしました。それでは、参りましょうか」

 そんなことに思慮を巡らせていると、支度を終えたエリザが職員室から出てきた。
 白十字が刻まれた看護帽の中からは黒く艶やかな長髪が腰のあたりまで垂れ、その先端は明るめの青いリボンで軽く結われている。
 群青と白色を基調としたエプロンドレスがとにかく目を惹いていて、それはなめし革の編み上げブーツまで届いていた。
 顔の表面と両肘から下の部分以外はほとんど露出させず、いかにも慎ましやかな看護師らしい服装。
 彼女曰くこれは治癒魔法を施す時の仕事服ということであるらしいが、どうやら外行き用の服も兼ねているらしい。
 
「……ん? どうかしましたか? 顔をしかめてしまって」
「いえ……。何でもありません」

 エリザは困ったような顔を浮かべてマヤに寄り添う。
 胸のあたりでうずくまっていた膨らみがずいっと大きくなって、マヤの視界を一面に覆った。
 それと同時に目に入ってきたのが、エリザの右腕に抱えられている、女性1人が持つには少々大きすぎる紙製の箱。
 段ボールでできたものと思われる箱は外側を綺麗な白色で塗られており、シミや汚れの一つさえ見当たらない。
 開口部はきちんとテープで留められていて、エリザの几帳面さが改めて目に見える。
 
「先生、その箱、私が持ちましょうか?」
「あ、こ、これは……。生ものだから、他の人が持つには危ないんです。よろしければ、こちらをお願いできませんか?」

 と言って、エリザはもう片方に持っていた手提げを2つ、マヤに手渡した。
 大きさはA4サイズのファイルがちょうどすっぽり入るものであったが、持ってみるとずっしりと重い。
 どうやら授業で使う資料や参考文献が入っているようだった。
 
「あ、はい…。わかりました」

 生もので危険物というのは、一体どんなものを持ち歩いているんだろうか。
 肉食魚とか、もしかしたら魔法で使う薬品?そんなものをアカデミーへ持ち歩くなんて、先生も大変なんだな、とマヤはただ思うのであった。 

 
 マヤはエリザの言うままに付いていくと、アカデミーからほど近い丘の上にある屋敷に案内された。
 入口の門にはガードマンこそ立っていないが、隙間から見える中庭や建物は、立派という言葉では表現しきれないほど豪著で、荘厳な佇まいを顕していた。
 
「ここが、私が臨時教師に赴任してから住んでいる場所なの。今は誰も住んでないから、一人で自由に使っていいってアカデミーの先生から紹介されたのよ」

 重々しい鉄の門を開け、中庭を真っ直ぐ貫くレンガ敷きの道を歩きながら正面の玄関に辿り着くと、エリザは重厚な扉の鍵を慣れた手つきで解いていく。
 扉が開いて灯りが灯されると、頭上に煌々と輝く大きなシャンデリアが一際目に入った。
 玄関口は広く開いており、目の前には二階へと続く階段がその姿を見せつけるように鎮座している。
 その奥にも通路はあるが、全体的にあまり使われていない場所が多い雰囲気があった。
 
「エリザ先生、本当にここに1人で住んでいるんですか?」
「ええ、そうよ。もちろん全部の部屋を使っている訳ではないけれど、1階はキッチンと風呂場、2階は寝室があるからそこを主に使っているわね」

 マヤはエリザの後について階段をゆっくりと登っていく。
 しばらく吹き抜けを歩いた後左に折れて、長く続く廊下の途中にある部屋に案内された。
 マヤは一旦部屋の外で待つよう命じられ、数分後にエリザの呼び掛けで中に入る。
 部屋の中は、なるほどエリザの寝室のようであった。
 2人は余裕で寝そべることができるであろうほどのベッド、彼女のために作られた特注品と思しき姿見。……もちろん、普通サイズの。
 エリザの印象通り、扉や照明器具等あらかじめ設えられた物以外は落ち着いたデザインのもので統一されており、彼女の謙虚っぷりがよく分かる。
 そして脚の短いちゃぶ台サイズのテーブルの上に並べられていたのは、ちょうどキーホルダーくらいの大きさの人形が2、3体。
 それらは、薄汚れた迷彩服のようなものを着せられていた。
 よく見てみると、服はぼろぼろに破れているし、手足の様子も傷だらけで、とても状態が良いと言えるものではない。
 みな同じような姿勢で仰向けに横たわり、中には痛々しい傷を負った者も見受けられる。
 見るからに痛そうな状態にさらされていた兵士。彼らは、2人の巨大な姿を捉えると、その小さな体をぴくりと動かして……
 
「えっ?」

 人形が動いた。動かないはずのものが、目の前で動いた。
 それは一瞬の動揺と共に、マヤの脳神経を刺激した。何が起こっているのか、瞬時には判断がつかなかった。
 だが、冷静に考えてみれば納得のいくことかもしれない。エリザは陽の光に晒されると、アカデミーの聖堂よりも巨大な姿に変貌する。
 それはそれで特異なことであったが、その逆があっても、おかしくはない。
 
「ふぅ、ここまで運んでくるのも、結構気苦労が要るんですよね」

 エリザはさっきまで持っていた白い大きな箱を丁寧に畳んで、部屋の片隅に置いた。
 なるほど、あの箱に入っていたものとは、おそらく"彼ら"のことだったのだろう。
 
「授業で簡単な治癒魔法は教えましたよね?今日はマヤさんにだけ特別に、実戦練習を行います」
「あの、先生、この兵士さん達は?」
「私の国で怪我を負った兵士を数人連れてきたんです。幸い、初期治療魔法で治る見込みのある方ばかりだったので」

 エリザはあくまで真面目な顔で、マヤに言葉を返した。その言葉にきっと偽りは無いのだろう。
 ……だが、マヤの心の中では、最初から一つ引っ掛かっていたものがあった。
 あまりに流暢に説明され、その場の空気で流されそうにもなってしまったが、テーブルを一目見た瞬間に頭に浮かんだ疑問。
 頭の中にこびり付いていた、一番に気になっていたことを問い糾す。
 
「それで、なんで皆さんこんなに小さいんですか?」

 エリザは、その一瞬ぎょっとした表情を見せた。
 
「え、え~っと……。ま、まぁ、私がいつもこの体格差で治療をしているから、この方がやりやすいかなと思ったんです」

 やはり、とマヤは心の中で呟いた。
 まぁそれは理由の一つではあるのだろう。
 エリザが昼間、この街で一番の高層ビルよりも巨大化するということはアカデミーの全員が知っている。
 だが、真に知りたいのは、そこではなかった。
 
「エリザ先生が小さくしたんですか?」
「…………」

 エリザはマヤから目を逸らせつつ、頬を赤めらせて冷や汗をかきながら、両手を腰の下で合わせてもじもじとした動作を取る。
 誰がどう見たって、問いかけたことが図星だったということが分かる。
 しかし、マヤはそんなことさえ予測していたかと思わんばかりに溜息を吐いた。
 むしろ、先生"も"縮小魔法の心得を身につけているということが分かり、どことなく親近感さえ感じられた。
 マヤはこれ以上その理由について追及することはせず、あえて気にしていない風に話題を逸らした。
 
「先生って、やっぱり大きい体のまま治療をすることもあるんですか?」
「むしろあの大きさの体で治療することの方が多いですね。その方が使える魔力も大きくなりますし、なにしろ治療が楽ですので」

 なるほど、とマヤは小さく頷く。補習でも習ったとおり、魔法による治癒術を施すにはそれ相応の魔力を必要とする。
 体格差があれば、それだけ使う魔力も相対的に減らすことができるのだ。
 しかも相手の体が小さければ、全身にその魔法をかけることができる。実に合理的な手段だったのだ。

「ではまず私から手本をお見せしますので、よく見ていてくださいね」

 エリザは黒の革手袋で包まれた右手を一人の兵士の前に差し出し、手のひらへ乗せた。
 衣服はぼろぼろで、肌が露出している部分からは血が滲み出ている。
 エリザは兵士の体に対して巨大すぎる顔をぐっと近づけて、体の隅々まで観察する。
 そうしてエリザは小さな溜息を一つ吐き、唇の間からぬらりと光り輝く赤い舌を出すと、兵士の爪先からゆっくりと撫でるように……
 
「ちょ、ちょっと先生!! 何やっているんですか?!」
「何って、治療の実演ですよ。先程も言いましたよね?」
「そ、そうですけれど、魔法は使わないんですか?」
「確かに魔法による治療の方が速くて確実ですね。でも治癒術に慣れていないと体力の消耗が激しいから、最初はこういった古典的な治療を行うのも効果的なのですよ」
「古典的にも程があると思いますけれど……」

 マヤが呆気に取られているうちにも、エリザの温厚な舌は縮小兵の全身を舐め回し続け、傷を負った小さな体に粘っこい治療薬を塗りつけてゆく。
 柔らかく滑らかに擦り付けられる舌の感触が足先から頭頂部まで何度も繰り返され、その極上たる快楽が傷病兵を悶えさせていた。
 傷病者はやがて目を見開くことすら困難にされ、何が起こるのか全く分からないまま治療の女神に身を委ねる。
 優しく抱擁感のある、何もかもを包み込んでしまうような舌捌き。
 傷口だけでなく心の底から蕩けていきそうな手厚い処方に、小人はぐったりと体の力を抜き始めていた。
 
「あの、兵士さんの動きが弱まってますけど、大丈夫ですか?」
「心配ありません。もがき苦しむほど激しかった痛みが治まって落ち着いているだけです」

 エリザは唾液でコーティングされた小人の体に優しくキスをすると、口角を上げてふふと笑う。
 そして指先でだらりと伸ばされた小さな肢体の姿勢を整えさせながら、巨大な舌で淡桃色の唇をそっと一舐め。
 
「ここまで出来たら、後は治癒魔法を唱えましょう」

 エリザは立ったまま背筋を伸ばし、深呼吸を3回、開いた指先を平行に保ちながら、手のひらの上に全神経を集中させる。
 そしてエリザの唇が微かに震え、ほとんど聞き取れないような小さな声で詠唱を始める。
 すると、小人の体の一部が淡い光に包まれ、痛々しく開いていた傷口はみるみるうちに小さくなり、次に瞬きをした時には、すっかり真っ赤に彩られていた穴が塞がってしまっていた。
 
「はい、もう大丈夫ですよ」

 治療を終えたエリザが、小人を優しさそのもので包み込むような母声を掛ける。
 その声は正に、手術を施した患者に安心を与える看護師の声色そのものだった。
 小人はその体を乗せていた手のひらの持ち主を振り返ると、何度もお辞儀をした。
 エリザは何も言わずに、黙って笑顔で返す。
 
「いいですかマヤさん、処置中は決して力加減を間違えてはいけません。初期治療を行うときにも、唾液で傷病者の息を詰まらせることがあってはなりません。
治癒魔法をかけるときも、手を強く握りしめてしまえば骨なんて簡単に折れてしまいます。また弱すぎても、万が一手のひらを傾けてしまって傷病者を地面へ落として致命傷なんてことをしたら、大問題になりますからね」
「わかりました。……先生、随分と事故事例に詳しいんですね」
「てへ☆」
「てへ、じゃないです」

 エリザの過去に何があったかは改めて問いたださないものの、とにかく魔法を使った治療には想像以上に気を遣う点が多いということは分かった。
 この体格差から見れば、小人さんにとってはまるで私が怪獣にでもなっているかのようだ。
 私の指先一つで、小人さんを生かすことも殺すこともできてしまう。
 万が一の不測の事態だって、有り得る話だ。
 だが、いくら心配事を張り巡らせたからと言って、物事が解決する訳ではない。まずは実践あるのみ。
 マヤはテーブルの上に並べられた小人の中から一人を摘まみ上げて、自身の唇の前にまで持ってくる。
 先ほどの傷病者同様、かなりの傷を負っているようだ。
 破れた服の隙間から見える傷口から垂れる赤い色が、マヤの唾液腺を秘かに刺激した。
 
「はあぁ…………」

 艶やかでふっくらとした唇を開き、口の中で疼いていた舌をべろんと取り出すと、それを小人の体へと近づける。
 指先で摘ままれた小人は、必死に逃げ出そうとするように怯えている。
 それも当然で、エリザのような治療実績のある人物であるならともかく、マヤはただの女子学生で、ましてや治癒術に関してはズブの素人なのだ。
 そんな人間、いや、怪獣とも思えるその巨体に、命を預けることなどできるはずもないことだった。
 
「大丈夫よ、食べたりしないから」

 怯えている様子を見たマヤは、一旦舌を口の中へ戻し、唇を閉じて微笑む。
 小人を見下ろす裏表の無い笑顔は、エリザの聖母のような寵愛を思い出させた。
 それを見た小人もいよいよ決心がついたのか、体を硬直させていた力を抜き、体格差50倍以上の巨人に傷ついたその身を預け始めた。
 
「それじゃあ、いくわよ……」

 再び現れるマヤの赤く濡れた舌。
 健康的でふっくらとした舌部は大量の唾液で室内の灯りを反射し、大粒の真珠と負けず劣らず美彩な輝きを放っている。
 
「んっ………」

 思い切って傷口に舌を当て、傷ついた小さな体をゆっくりと舐め上げた。
 ただ、マヤの可愛らしい舌でも小さな傷病者の局所のみを舐める事は難しく、傷口だけでなく全身へと唾液が行き渡ってしまう。
 
「んくっ………、ぷはぁ…………」

 湿った吐息と粘っこい唾液が絡み合い、傷ついた小人に有無を言わせず吹きかける。
 もっと唾液を、もっと治療薬を……。
 傷病者を助けたいという彼女の一心が、過剰な量の唾液の分泌を促してしまった。
 小人に掛かる圧力は次第にその強さを増してゆき、傷病者の動きは徐々に徐々に小さくなってゆく。
 
「もっとぉ……治療してあげないと……はむぅっ…」

 両腕の自由を奪われていた哀れな小人は、マヤが吐き出す唾液の海で溺れかけていた。
 両手の手首から先を巨人の指ががっちりと挟み込んでいる以上、顔の周りを拭う手段もなく、ただマヤの舌に蹂躙されていくだけ。
 何とか苦しんでいる様子を巨人に伝えようと、今度は必死に胸から下をじたばたさせてアピールをする。
 
(動きが激しくなってる……、もっともっと、唾液をかけてあげないと……)

 だがその行動は、少女に真逆の意味に伝わってしまった。
 自分の初期治療が足りないと思い込んだマヤは舌を口の中へ引っ込めて、グジュグジュと淫靡な音を立てながら大量の唾液を口内に溜め込んでゆく。
 そして三たび口が開かれ巨大な舌を取り出すと、周りに絡みついた溢れんばかりの唾液を小人に浴びせ掛ける。
 何度も何度も吹き付けられる悪魔の唾液は、まるで波打ち際に俯せで倒れ込んでいる時のように執拗に打ち寄せられるのだ。
 このままでは本当に窒息して息絶えてしまう、そう思った瞬間、別の女性の声色が耳の中に響いた。
 
「マヤさん、ちょっと手を止めていただけますか」

 傍で様子を見ていたエリザが声を掛け、小人を摘まんでいたマヤの右手をそっと握った。
 そのまま眼の近くまで持っていって、マヤに小人の様子をよく観察させる。
 遠くからでは小さすぎてよく見えなかったが、小人の眼が白目をむいており、ぐったりとして口が半開きになっているのが分かった。
 
「ご、ごめんなさい! つい夢中になってしまって……」

 エリザは人指し指で小人の体全体を拭いて、呼吸が戻るのを待つ。
 しばらくすると小人は意識を取り戻し、目の前に並んだ2つの巨大な少女の顔を覗き込んだ。
 
「まぁ、初期治療の加減が分からずに、ついやりすぎてしまうのは初めての人にはよくあることですよ。次からは気をつけてくださいね」
「分かりました。以後、気をつけます」
「さぁ、初期治療はもう十分すぎるほどやりましたので、後は治癒魔法を唱えましょう、覚えていますか?」
「え、えーっと………」

 マヤは宙ぶらりんにしたままの小人を優しく手のひらの上に乗せ、一つ深呼吸をする。
 仰向けに寝かされた小人に目を合わせ、それを緩やかに細めると、覚えたての優しい魔法を唇の間で静かに紡ぎ出す。
 傷を負った兵士の小さな体に光が灯され、それが薄く淡く広がっていく。
 指先を曲げないようにしっかりと伸ばした状態を保ち、神経を右手首から先の方へと尖らせる。
 エリザよりも治療の速度は遅いものの、大きく空いていた傷口がゆっくりと塞がってゆき、小人の表情も和らげになってゆく。
 一つ、二つと皮膚の表面はすっかり綺麗な状態に元通りとなり、最後の傷口が埋まると、小人と巨人の両者の顔に笑顔が戻った。
 
「先生! 私にもできました!」

 初めての実演を成功させ、喜びを爆発させるマヤ。
 エリザは突然動かされた右手の指の間から落ちそうになっていた小人を摘まむと、そっと元のテーブルの上へと戻した。
「よくできました。初めてにしてはとても上手に治療できたと思います。この調子で、どんどん経験を積み重ねていきましょうね」
 マヤは新しい魔法が使えるようになったことに喜び、エリザは治癒術士の後継者が出来たことに深い感慨を覚えた。
 2人は笑い合いながら、テーブルに並べられた小人すべての治療を順番に進めてゆく……。